マッサージ|ニュースレターNO.261

昨年から皮膚に興味があり、いろいろ文献を調べながら身体調整テクニックに応用できないか実践を繰り返してきました。皮膚には意識があるということが分かっており、色を識別したり音を聞き分けたりもするそうです。皮膚の細胞も筋肉の細胞も臓器の細胞もみんな一つの細胞から分裂したものであり、基本的に同じ性質・機能を持っていると考えられます。

皮膚の感覚器をどのように刺激すればよいのか、その刺激方法はいろいろあります。その代表的なものがマッサージです。マッサージについては、単に静脈や動脈の血液の流れを促進するということ以外に、なぜ血流が良くなるのかという根本的なところはわかっていなかったようです。

そんな折、傳田光洋著:賢い皮膚(ちくま新書2009)に出会いました。この本の中にマッサージに関しての記述があり、それを読んだときなおさら皮膚に興味がわいてきました。皮膚に対していろんなトライができると思いますので、興味のある方は、ぜひ原著をお読みください。ここではマッサージに関するところだけピックアップして紹介します。

『指による刺激を皮膚にほどこし、気持ちよさや健康を保つのがマッサージだとするとそれが現れたのは類人猿になってからでしょう。巧みに指が使えないとできることではありません。

皮膚への刺激が身体全体の生理や情動に影響するという研究報告は数多くなされています。人間では血液や唾液の中のストレスホルモン、コルチゾールの量を測定し、マッサージによってそれが低下するとリラックスしているとみなす、そういう研究が多い。しかし何が起きているかに関する詳しい研究はあまりありません。

動物ではサルの毛づくろいについて、いくつか興味深い研究があります。毛づくろいすると脳内「快感」物質であるβ-エンドルフィンが増える。この物質の代わりになる薬物がモルヒネです。一匹だけサルを鑑に入れておきます。飼育係が棒で撫でてやると、サルはもっともっととせがむようになります。そんなときサルにモルヒネを注射すると満足して棒の毛づくろいを求めなくなる[Keverne EB.1989]。サルにとって毛づくろいは文字どおり麻薬のようなものなのです。

さて人間について考えてみましょう。

マッサージの仕組みはよくわかっていませんでした。皮膚を押したりこすったりすると、温度が上がり、あるいは血管やリンパ管が刺激されて、その循環が良くなる、その結果肌がきれいになったり、しわが伸びたりする、さらには気分も良くなる、ストレスも軽くなる、そんな漠然としたイメージでした。

医学、というより医科学ではあいまいなことを議論するのを避ける傾向があります。マッサージが身体や気分に作用することを否定する人はあまりいないでしょう。しかし医科学の世界でマッサージの治療効果について詳しく語られることは尐ないのです。これはその仕組み、なぜ効果があるのかを細胞レベルの科学で議論できないことが原因でした。

筆者の若い同僚、池山和幸博士は、表皮が一酸化窒素(NO)合成することを発見しました。一酸化窒素というと有害なガスのように思えますが、実は身体のあちこちで作られ、重要な役割を果たしています。特に血液循環への作用が知られている。心筋梗塞の人がニトログリセリンを持ち歩きますが、これはニトログリセリンがNOを発生し、収縮していた血管を広げる作用があるからです。

NOが血管に作用すると血管の細胞に生化学的変化を起こし、血管を広げます。この生化学的作用を持続させる薬がバイアグラです。

血管を広げる物質NOが表皮から出る。それならばマッサージすると、つまり皮膚に圧力を与えると表皮からNOが出て、血管やリンパ管を広げる。これがマッサージの仕組みではないか。そう考えた池山博士は培養した皮膚に圧力をかけてみました。培養皮膚には神経や血管はありません。これまではNOはもっぱら血管細胞自身から出ると考えられてきました。しかし培養皮膚からもNOが出てきました。これは表皮から出てきたNOであると考えました。

NOは酵素によって作られます。NOを作る酵素には三種類あります。神経系にあるもの(nNOS)、血管にあるもの(eNOS)、傷があるとき生まれるもの(iNOS)です。調べてみると健康な表皮にあるのはnNOSです。健康な皮膚ではiNOSはないでしょう。さてマッサージされて働くのはnNOSでしょうか、eNOSでしょうか。

遺伝子操作でnNOSが無い培養皮膚、eNOSが無い皮膚を作ります。そこに圧力をかけてみました。するとどちらの場合も普通の皮膚に比べてNOの量は半分になりました。このことからマッサージ、つまり皮膚に圧力をかけたとき表皮と血管が半分ずつNOを作り、これが血管やリンパ管を広げてその流れをスムーズにすることがわかりました。

マッサージの効果は血液、リンパ液の流れを良くするだけではありません。様々なマッサージの施術を受ける人が期待するのは、ストレスを軽くしリラックスする。身体や心の疲れをとることだと思います。これはどういう仕組みなのでしょうか。

従来の考え方は、皮膚への刺激が脳に伝わり、脳が放出するストレス誘導ホルモンを減らす、あるいは脳の中で「安心」や「快適」な気分をもたらす物質の合成を促進する、というものです。この考え方は否定できないと思います。しかし最近の研究は別のシステムもありうることを示しています。

よくストレスホルモン、と呼ばれる物質があります。腎臓の上にある副腎という臓器で作られるコルチゾールというホルモンです。精神的なストレスがかかると脳は副腎にコルチゾールの合成を作るよう命ずるホルモン(副腎皮質刺激ホルモン)を放出します。その結果合成されたコルチゾールが血液中に増え、様々なストレス性の応答を起こします。

たとえば炎症を起こす反応はストレスがかかると抑えられます。そのため炎症を一時的に抑えるとき、「副腎皮質ホルモン」が投与されます。アトピー性皮膚炎のとき処方される塗り薬にも、それに似た物質が入っていることがあります。

ところが、どうやら表皮もコルチゾールを合成できるらしい。さらに表皮にはコルチゾール合成の引き金になる副腎皮質ホルモンを感じるシステムもありそうです。表皮が傷つくとコルチゾールの合成が表皮で始まるという報告もあり、ストレスを感じストレス性の変化を身体に起こすのには表皮も一役買っていそうです。そうなるとストレスを避けるための表皮のケアということも想定できそうです。

それだけではありません。脳の中で快感や興奮など様々な気分の変化を誘導する物質の多くを表皮は合成することができそうです。前述のβ-エンドルフィン、セロトニン、ドーパミンといった物質です。これらの物質が表皮で造られ血液に放出されても、脳には入らないと考えられています。それなら一体何のために表皮で合成されているのでしょうか。おそらくは未知の使命のために表皮はこれらの物質を造っているのでしょう。

あるいはオキシトシンという物質があります。この物質は母乳の分泌を促進したり、子宮を収縮させるホルモンとして古くから知られていました。赤ちゃんがお母さんの乳首に吸い付くと、その刺激がお母さんの脳、具体的には脳下垂体に届き、そこでオキシトシンが合成、放出されて乳腺に至るとお乳が分泌されるのです。

ところが今世紀になってこのオキシトシンには様々な役割があることがわかってきました。動物を使った実験では、オキシトシンは社会性を担う物質であることが指摘されています[Ferguson JN. 2000]。ネズミでもある社会秩序の中で生きています。それが乱れると種としての生存が危うくなる。たとえば遺伝子操作でオキシトシンが造れないネズミは子育てしなくなります。

他者との関係を維持するためにオキシトシンは重要なのです。オキシトシンを注射すると不安が軽くなる、といった心への作用です。ここまでなら、まあ血液の中を流れるホルモンとしての役割だから驚かない。びっくりしたのはオキシトシンを鼻の孔に噴霧したら他人を信頼するようになったという報告です。これは一流雑誌として有名なNatureに掲載された論文です。

タンパク質やその小型分子であるペプチドの存在を確認するのが抗体による染色です。この技術に長けた傳田澄美子博士がヒト皮膚を染めてみたところ、なんと表皮にオキシトシン抗体への陽性反応が認められました。脳で造られ心に作用する物質が表皮にあるのでしょうか。

確認のためオキシトシンを造る遺伝子が表皮細胞ケラチノサイトにあるかどうか確認したところ、オキシトシンの元になる遺伝子が見つかりました。表皮はオキシトシンを造り、刺激を受けるとそれを放出しているのかも知れません。表皮から放出されたオキシトシンも心に作用するのか、それを確認することは難しい。

皮膚を刺激した場合、神経系も刺激されますから、その情報を元に脳でもオキシトシンが合成され放出される可能性があります。これら二つの起源を持つオキシトシンは物質としては同じものです。化学的な区別は不可能なので、今、言えることは、マッサージなどによる血中オキシトシンの上昇には、脳も表皮も寄与している可能性がある、ということに留まります。

しかしコルチゾール、オキシトシン、あるいは様々な心に影響を及ぼす物質の多くが表皮でも合成されているということは、皮膚、とりわけ表皮と心とのつながりの可能性を改めて認識させます。

普通、人間は簡単に他人を傷つけられない。特に自分の子供を虐待するなど、筆者には生理的に不可能です。ところが時折信じがたい事件が報道されることがあります。多くの場合、加害者の育ち方の異常などが話題になります。しかし恵まれない環境で育っても尊敬されている人も多くいます。むしろ目に見えない、しかし科学的に記述できる何かのコミュニケーション機能の欠陥が、常識では考えられない犯罪の裏にあるのかも知れません。

マッサージ、あるいは皮膚への刺激による身体や心の健康の改善法の研究には、単なる医療技術の改良にとどまらず、様々な我々の問題への解決法を示唆するものが含まれているかも知れません。』

1Gに抗する|ニュースレターNO.260

我々は地球上にいる限り、1Gの重力負荷を受けています。それに抗する筋力がなければ、立つことすらできないでしょう。ベッドに寝ている人は、まず座ることを目指さなければいけません。座ることができれば、立つこと、そして立てれば移動する、階段を上り下りする、歩く、さらにスピードが上がっていけば走り出すことになります。

日常で必要なことは、1Gの重力負荷に抗して立ち、楽に自由に移動できることです。その身体は、正中線を構成する背骨を中心とした体幹の上に頭が乗り、その頭も鼻を正中にして垂直にバランスが取れた状態で乗っていることです。

顔は常に鼻を正中にして垂直に保持しなければいけません。一番上に乗っている重りのバランスが崩れれば、当然脊柱に歪みのストレスを与えることは想像に尽きます。正中を保持した体幹部と頭部を支える根元の最下端部は、仙骨・尾骨です。

頭、胸郭、上肢の重さはすべて骨盤にかかり、座位ではその重さが坐骨結節にかかっています。坐骨結節は左右2つあり、そこに均等に体重がかかっていれば、脊柱を支える土台は安定した状態にあるといえます。ただし、一番上に乗っている頭が正中にあればということになります。

ところが、椅子に座った時、自分の2つの坐骨結節に均等に体重が乗っていることを感じることは少ないです。特に意識することもありませんが、意識してみると、坐骨結節の突き出た2つの骨に乗っていなかったり、どちらかの坐骨結節にしか乗っていなかったりすることが分かります。きっちりバランスよく乗っていないのがほとんどかもしれません。また、椅子やソファーの座面が柔らかいとなおさら、坐骨結節で支えている感じはありません。

左右の2つの坐骨結節を意識するだけで、上半身のバランスを修正することができます。硬い面の上に座り、坐骨結節を感じます。坐骨結節を感じ取れたら、2つの坐骨結節が座面から離れないように、2つの坐骨結節の骨を感じながら上体をいろいろ動かしてみます。

このとき、気をつけなければいけないのは、頭・顔の傾きです。鼻筋を正中に保持したままで、前後左右に上半身を動かします。気持ちのいい方向に動かしていけば、自然にバランスのとれた自然体のポジションに収まるようになっていきます。無理な、きつい方向や動きはしないことです。快適な気持ちのよい動きを繰り返せば、上半身が正中のポジションに戻ります。

坐位での自然体ができれば、次に立位での自然体である直立姿勢を獲得しなければいけません。上半身の正中を支える脊柱の下部にある仙骨は、両サイドから2つの腸骨で挟まれ、仙腸関節を形成しています。立っている限り、常に仙腸関節にストレスが掛かっています。仙腸関節を形成する腸骨は、前面では恥骨結合で軟骨を挟んで向かい合っているので、仙腸関節と恥骨結合部での歪みも考えられます。

この前後の結合部によって骨盤が形成されており、背骨は骨盤が支えているということになります。

その骨盤は、両サイドに股関節の関節窩を持ち、大腿骨と関節を形成して2本の下肢で骨盤を支えています。大腿骨は、下に降りて脛骨と膝関節を形成し、脛骨は下に降りて距骨と足関節を形成し、距骨は踵骨と距踵関節を形成し、踵骨の底面の一部が地面と接しています。これが2本足で直立した状態です。

鼻と脊柱を正中軸にした直立姿勢の獲得が何よりも重要です。肩こり、腰痛、膝痛などは、結局のところこの姿勢が保持されていないために起こると考えられます。

自然な直立姿勢が獲得されれば、重力が骨に対して長軸方向にメカニカルなストレスを加えることになり、骨が細胞のたんぱく合成を刺激することになると考えられています。一般人のトレーニングの目的の一つは、このように骨に対して長軸、すなわち垂直方向のストレスをかけ、骨細胞を刺激することにあります。

もう一つの目的は、抗重力筋に対してストレスをかけることです。1Gに抗することができないということは、すなわち抗重力筋が萎縮していると考えられます。立って常に1Gの重力に抗していないと、重力の作用を強く受ける坑重力筋が萎縮するといわれています。特に、坑重力筋の萎縮は早いといわれています。

通常、たんぱく質は絶えず分解されては合成されています。この分解速度と合成速度が等しいために、筋のサイズが維持されています。これを動的平衡状態といいます。重力が減少した環境下では、たんぱく質の分解速度が合成速度を上回り、0Gでその差が最大になると考えられています。しかし、いずれはその環境下で新しい平行状態で両者が等しくなるといいます。

加重下では、例えば2Gの環境下では、筋のたんぱく質の合成速度が分解速度より早くなり、筋が肣大します。その他の組織ではこの逆のことが起こります。結果的に、体重に対する筋重量の割合が大きく増加します。重力は、質量を保持したり、加速したりするための力発揮を通して力学的ストレスを筋に与えるので、重力の大きさの効果は地上における運動の効果と対比させることができるといいます。

重力の大きさを増すためには、垂直方向のストレスを増やすという考え方ができるのではないでしょうか。この点から、一般人に対する筋力トレーニングの考え方が出てくるのではないでしょうか。キーワードは、「直立姿勢」「垂直負荷」ということになります。その対象は、抗重力筋であり、伸筋です。

筋が萎縮する原因は、筋が活動しない・収縮しないということが原因ではなく、「筋が力を発揮しない」ことがその主な原因といわれています。「力を出す」ことは、筋にとって自らを維持するために重要な刺激となっています。

加齢とともに、筋は萎縮していきます。特に伸筋に顕著にみられます。伸筋には抗重力筋としての機能があります。加齢によって萎縮する傾向の強い筋には、頸部の筋群、僧帽筋下部、広背筋、腹筋群、大臀筋などが挙げられます。しかし、高齢者になり、すでに筋萎縮が深刻な状態にまで進んでいても、適切なトレーニングを行えば筋を再び太くすることができるといわれています。

加齢によって筋が萎縮する原因は、筋線維そのものが萎縮することと、筋線維の数が減少することだといいます。骨を強くするには、大きな垂直負荷や大きな筋力を発揮するスポーツだといわれています。水泳や長距離のような持久系のスポーツでは、ストレスホルモンである副腎皮質ホルモンの分泌が高まり、性ホルモンと融合して骨萎縮を早めるといわれています。

男性ホルモンと女性ホルモンのいずれも骨吸収(骨基質が分解される過程)を抑制し、骨形成をわずかに促進するといわれます。若くてもマラソンのように持久的トレーニングをやり過ぎたり、過激な減量を行うと、性ホルモンの分泌が低下し、ストレスホルモンである副腎皮質ホルモンの分泌が増大し、骨粗鬆症を引き出してしまいます。

昔、増田明美という長距離選手がいました。高校から急激に頭角を現し、5000mからマラソンまで当時驚異的な記録を出し、ロスのオリンピックにも参加しましたが途中棄権に終わりました。選手生命は短かく、20代で終わりましたが、最後は貧血と故障でピリオドとなりました。その時の体はぼろぼろで、貧血と骨は60歳代だと新聞に書かれ、大きな社会問題になったことを思い出します。ただただ減量して走ることしか考えなかった時代の話です。

骨にストレスを与えてもたんぱく質がなければ骨形成できません。このことの典型例です。たんぱく質の分解と合成のバランスが取れた動的平衡状態が必要なのに、シェイプアップではなく、痩せようとして食事制限し、無理な運動をすればこのように骨がぼろぼろになります。それが本当の「痩せた」ということです。

子どもの筋トレ|ニュースレターNO.259

最近は子どものころから筋トレなるものをやらせている指導者も多いようですが、子どもを大人のミニチュアだと勘違いして筋トレをさせていることも多くみられます。子どもの特性を理解し、適切な指導が求められます。

石井直方著:子どもの能力を伸ばす筋力トレーニング(マイコミ2010)は、子どもに筋トレを指導するような環境にある方には、ぜひ読んで十分理解していただきたいと思います。相手のレベルに見合った適切な指導という中で、最も気をつけなければいけない年齢層ですから、プロの指導者にとって当然の理解が必要なことばかり書かれています。以下にポイントとなる一部を抜粋して紹介したいと思います。

『子どものころにしっかりつけられなかった筋力を高校生や大学生になってから強化することはできます。トレーニングによって弱いところを補っていくことは、大人になってからも可能だと思います。ただし筋肉は、解剖学的に大きな分類で分けても身体の中に400、細かく分けると600くらいあり、その400以上ある筋肉を個別に強化することはできません。

基本的なトレーニング種目で集中的に鍛えられる筋肉は、わずかに20くらいでしょう。残りはどうなの?というと、トレーニングの動きの中で、補助的に使われることで強化されたり、多様な動きをする中で強化されたりします。

これらの補助的な役割の筋肉を鍛えることが、果たして全身のパフォーマンスや全身の動きにとって、どれだけプラスになるかというと、すぐに効果が現われることはないと思いますが、筋力のバランスを考えると鍛える意味があります。大人になってからこれらの筋肉を鍛えることは可能ですが、大人になってから行なう筋トレでは、子どものころに行なう筋トレで得られる効果が期待できません。

大人になってからの筋トレでは、ターゲットにした筋肉が重点的に鍛えられますが、子どものころに行なう筋トレでは、それに加えて補助的な役割の筋肉にも刺激を与えられます。

小さいころに筋トレである動きをすると、さまざまな筋肉が働き、本来の正しい筋肉の使い方を覚えられます。そうすれば、大人になってから20程度の筋肉を鍛えたときに、動きの中で補助的な筋肉も働き、バランス良く強化されることになります。

たとえばAという筋肉を使うときはB、C、Dという筋肉も使うことが正しい筋肉の使い方だったとします。それをしっかり身体で覚えておくと、トレーニング種目のターゲットがAだけであっても、Aをトレーニングすることによって、B、C、Dも強化することができます。さらにAを使うスポーツの練習や動きの中でも同様にB、C、Dを強化することができます。

小さいころに正しい筋肉の使い方を覚えることは、バランスのいい筋肉をつくるためにも、すごく大事なことなのです。』

『筋トレ=身長が伸びない、というのは間違いです。逆に身長をより伸ばせる可能性があるのです。もちろん、子ども筋トレで身長が伸びるかどうかと聞かれれば、必ず伸びるとは言い切れません。身長は、そもそも遺伝的な要素が大きく影響します。設計図の範疇を超えて伸びるかと言われると難しいでしょう。ただし、全く効果がないというわけではありません。

骨の縦方向の伸長は成長ホルモンの影響を大きく受けます。

たとえば成長ホルモンの分泌が異常に高くなると、末端肥大症のようにどんどん骨が伸びて身長が高くなることがあります。成長期に、負荷になり過ぎないように筋トレを行なわせると、その子が持っている遺伝的な限界まで身長を伸ばしてくれる可能性があります。もちろん、すべての子どもが遺伝的な限界まで伸びるわけではありません。

必要なときに必要なホルモンが分泌されるという環境があってはじめて、そこまで伸びることになると思います。

成長期に合わせて、上手に筋肉を使ってあげると身長が伸びるということは十分に期待できます。

気をつけることは、成長期のときにジャンプを繰り返すような激しい運動や、重いバーベルや強度の高いマシンを使ったトレーニングは避けることです。骨に対して無理な負荷をかけてしまうと、成長軟骨がつぶれて骨の成長を妨げることになります。外から重い負荷をかけるよりは、自分の体重を使ってじっくり筋力を発揮できるトレーニングをする方が、内分泌系も強く活性化され、背が伸びる刺激になると考えられます。』

『最初に、子ども筋トレには4段階のステップがあることを理解しましょう。発育段階にある子どもの身体は、大人の身体とは全く違うものです。そして同じ子どもといっても、小学校の低学年のころの身体と高校生の身体はやはり違う状態にあります。子ども筋トレの内容も、その発育段階に合わせて変えていく必要があります。ターゲットとする主な筋肉は足、お尻、体幹であることに変わりありませんが、身体の発育段階に合わせて目的も負荷のかけ方も異なってきます。

子ども筋トレのステップは、次の4段階に分けるとよいと思います。

第1段階 幼児期から小学校に入学するまで
第2段階 小学校低学年から中学年(ゴールデンエイジ)
第3段階 小学校高学年から中学生(成長期)
第4段階 高校生

幼児期から小学校に入るまでの第1段階の目的は、立ち上がる、しゃがむ、歩く、走る、ぶら下がる、押す、引くといった基本的な動作での筋肉の使い方を覚えることです。

ジャンプする、転がるといった応用動作まで身につけることができれば完壁です。筋肉を鍛えるというよりは、正しい筋肉の使い方や関節の使い方を脳にプログラムし、そのために必要な筋力をつけることを目標とします。そして、筋トレをさせた後は、できるだけ外で身体を使って遊ばせるようにしましょう。

この時期の筋力アップのポイントは、どれだけ身体を使って遊ぶことができたかどうか。単純動作を何度も繰り返すことが苦手な時期なので、筋トレだけで筋力をつけるのは難しいと思います。

小学校の低学年から中学年のころの第2段階は、ゴールデンエイジの時期と重なります。たくさんの運動プログラムを獲得できるピークのころなので、幼児期以上に身体を使って遊ばせることが大切になります。スポーツを始めさせる時期としても最適です。

幼児期に基本的な身体の動かし方を身につけていると、驚くほどのスピードでいろんな動作を身につけることができるでしょう。この時期の筋トレの目的も、幼児期と同じように正しい筋肉の使い方や関節の使い方を覚えることになります。この段階でも、まだ負荷をかけるということは意識する必要はありません。

小学校の体育の授業やスポーツの中で行なう動作は、幼児期のころに覚えた基本的な動作とは異なる人工的な動作が多くなります。跳び箱もマット運動も、縄跳びもそうですし、スポーツではそのスポーツ独特の動きが求められるようになります。そうした動作から、新たな運動プログラムを獲得するためにも、基本的な動作を繰り返すことが大切なのです。

小学校の高学年から中学生の第3段階になると、速筋線維と遅筋線維という筋肉の機能分化が生じた後になるので、大人と同じような筋トレ効果が尐しずつ期待できるようになります。といっても、成長期と重なる時期ですから、いきなり大きな負荷をかけると成長を阻害することになるし、ケガをすることもあります。

自分の体重以上の負荷をかける場合は、まず水を入れたペットボトルやチューブを使うことから始めるべきでしょう。中学校に入ったら、バーベルを利用しても構いません。それでも、できるだけ軽い負荷にとどめ、正しいフォームを身につけることを心掛けましょう。

第4殺階の高校生になったら、大人と同じような筋トレにシフトして構いません。この段階になったら、筋肉を強化することをしっかり念頭においてトレーニングするようにしましょう。バーベルを使っても、マシンを使っても構いません。ただし、正しい知識を持った指導者が必要です。筋トレによって、筋肉が太く、強くなっていくのが自分で確認できるようになります。

大人と同じような筋トレの効果が期待できるようになります。ただし、第4段階でそうした効果が期待できるのは、幼児期の第1段階からステップアップしてきた人や、子ども筋トレの必要性がないくらいに十分な身体をつくれてきた人たちに限ります。高校生になれば誰でも大人のような筋トレができるというわけではないので注意しましょう。』

シンプルisベスト|ニュースレターNO.258

本物のスポーツトレーナーになるためには、“シンプルisベスト”で指導できなければいけません。トレーニングの指導においても身体調整においても、難しい理屈ではなく、シンプルで分かりやすいものでなければいけません。説明においてぐちゃぐちゃと難しいことばを並べる人もいるのですが、コトの本質は何なのか、それが分かっていない証かもしれません。

素人相手に、難しい動きを指導していることがどれほど多いことでしょうか。対象者がやりにくい、できないというのは、教える側に問題があります。できなければできるように教えなければ、結果はついてこないのは当然のことです。

「どこが弱いから、柔軟性がないからあなたには無理ですね」ということばもよく聞かれるものです。実際の指導に入るとき、対象者の目的やコンディションはすでに分かっているはずですから、このようなことばが出てくることはあり得ません。エクササイズの選択ミスという以前の問題で、対象者の目的とコンディションが理解できていないということです。

一般の方のトレーニング指導において、トレーニングがマニュアル的になっていないでしょうか。同じエクササイズを同じ内容で何人にもやっている様子もよく見かけますが、なぜそうなるのでしょうか。トレーニングの個別性の原則が理解できているのでしょうか。

パーソナルトレーナーとして活動している人たちに多いのが、トレーニングの基本原則が十分理解できていないことです。そのトレーニングの原則に則って実際に指導する際には、biomotor abilitiesの理解がなければ、how toでのプログラムは作れません。筋力、持久力、スピード、調整力、柔軟性といった基本的な身体能力の意味とその改善方法の原理・原則をどれだけ知っているかが問題です。

筋力というだけで、どれほどの筋力を考えることができるでしょうか。持久力、スピード、パワーといったことについても同様です。

体育系の大学で学んだとしても、それほど理解はできていないものです。専門学校程度では、少し知っている程度か、分からない方がほとんどかもしれません。

まして、専門的に学んだことがなければ、どこかの、誰かの本の押し売り程度でしかないといえます。Biomotor abilitiesについて、本当に理解するには、かなり広範囲の勉強とともに実践を重ねて経験しなければ十分理解することは無理です。その本質を理解し、それが具体的なプログラムとして指導できるようになるには、年数もかかるものです。この点をもっと理解しなければ、けして本物にはなれることはなく、イミテーションに終わってしまいます。

それとよく見かけるのが、何か訳のわからない道具を使いたがることです。なぜそんな物・道具・器具を使う必要があるのでしょうか、正当な理由づけと説明ができているのでしょうか。必要なことは、1Gに楽に抗して立てる直立姿勢、すなわち自然体を獲得することだと思うのですが。実際にやらせているエクササイズを見ても、動作が難しいものが多すぎる気がします。

難しいものをやれば、それだけトレーニング効果が上がるとでも思っているのでしょうか。恐らくシンプルに教えられないのが本当なのでしょう。動作は単純なものでなくてはいけません。なぜ難しい動きをさせる必要があるのでしょうか、理解に苦しみます。トレーニングの基本・本質が理解できていない証でしょう。

プロとして、スポーツトレーナーとして生計を立てるには、知識や技術を習得するための投資が必要なのですが、そのためにどれほど投資しているでしょうか。

この点は大いに疑問です。知識は財産です。それを無償で習得・獲得しようと考えたりする人もいるのですが、許されることではありません。その人が、知識や技術を習得するためにどれほどの時間と投資をしたかを知るべしです。このことを分からない考え方の甘い人たちが多すぎます。ちょっと講習会やセミナーに出ただけで分かったつもり、できるつもりになっている人たちもどれほど多いことでしょうか。

また、現状でごまかしとしか思えないような指導をして有料で教えている人たちも多いように思います。もっと将来を見据え、まともな、本物のスポーツトレーナーになるための投資と努力をしてほしいと願うものです。このように思うことが現状なのです。

話の筋道が違った方向に行ってしまいましたが、シンプルに指導できない根本が、こういったところにあるのだと思います。教科書的に勉強しただけだと、ほとんどが“何種目、何回、何セット”という発想でトレーニングの指導をすることになってしまいます。

対象者の目的とコンディションに対して、1回60分、週1回の指導で、目的を達成できるのか、常に考えなければいけないし、そう考えれば60分で“何種目、何回、何セット”という考え方は適当でしょうか。エクササイズはシンプルに、ただし、動きは目的通りにきっちりやらせることです。ウォーミングアップは別で行っているのがほとんどのようですが、メインのトレーニングとクーリングダウンは必ずセットにしなければいけません。

メインのエクササイズでからだはたいていバランスを崩してしまっているので、最後には、自然体に戻して終わらなければ次のトレーニングの日につながらないし、トレーニングの後、不快感が残ってしまいます。

この点も軽視されがちです。何よりも、自然体の直立姿勢を獲得することが究極的な目的になるのと思いますから、自然体に戻すためのクーリングダウンがないことはあり得ません。この部分だけ十分にやってもいいくらいだと思います。

立つことの重要性|ニュースレターNO.257

膝の捻挫や足首の捻挫、大腿部の肉離れなど、下肢の外傷・障害を受けた後、下肢に負荷をかけないようにします。それで筋力回復エクササイズも坐位で行われたりします。膝のリハで最も行われているのは、レッグ・エクステンションでしょう。

またレッグ・プレスなどのエクササイズで大腿部の筋力強化が図られています。なぜ膝の強化が大腿四頭筋の強化のためにレッグ・エクステンションで行われ、平行してハムストリングスの強化のためにレッグ・カールが使われるのでしょうか。

なぜ、体重負荷をさせないのでしょうか。人間にとって立つこと、1Gの重力負荷を受けていないと、筋力は自然に退化することをわすれているのでしょうか。

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勉強会|ニュースレターNO.256

昨年から本格的に始まった勉強会ですが、メンバーの方々から「勉強会ではどのようなことをやられているのか」という問い合わせを多くいただくようになりました。勉強会は、あるテーマについて参加者が事前に勉強し、ある程度理解し、自分で経験された中でいろんな疑問や質問を集め、それらに対してどのように考え、どのように解決していくのかということを身につけていくものです。

テーマについて何も知らずに参加する講習会ではありません。あくまで自分の技量をレベルアップするために行うものですから、目的は「考え方を身につけ、そこから応用として実践指導できるようになること」です。

今回はいくつかの勉強会の感想を紹介します。勉強会のテーマに対してどのように勉強会が進められているかイメージしていただけると思います。

 

トータルフィットネス 本橋 正光

これまでの勉強会では、室内で行ってきましたので今回は屋外で、しかも屋外でなければできない野球とランニングに関する内容をご指導いただきました。もう一人のパートナーにもご参加いただき、2名で先生の一語一句を余すところなく聴き入っていました。

まず、外は寒いので事前にどんなことが知りたいのか、疑問に思っていることなどをラボ内でやりとりしました。先生は、その時の練習(勉強会)について、どんなレベルの人がいて、どんなことを知りたがっているのかをご自身の頭の中でまとめ、進行計画を立てられます。

トレーニングでいえば、トレーニング計画やプログラミングを行うのです。これはとても大切なことで、目的に対する方法や手段を取捨するのに必要なことでもあります。このような流れがあると指導する側は、勉強会の内容や段取りが鮮明にイメージでき、スムースに進行することができるでしょう。

ひと通り話をした後に、動くための前提となる自然に立つ、歩くことを確認しました。野球もランニングも立位姿勢が曲がっていたり、体のどこかの形がおかしかったりすると、動作を開始するにいたらない。そのためには、足底の荷重が左右均等で距骨下にきていることが大切で、緊張の少ない立ち方は足裏が沈むようにズッシリとしかもピタリと接地している感覚が必要になります。

きちんと立てるようになったら、今度は前に進む。胸骨やみぞおちあたりを意識して体を進めると足がつねに体の下でフラットに着く形になり、肩から腕の緊張は抜け、楽に体が前進するのが分かります。

進み方のイメージの仕方も胸やみぞおちや鼻筋と語句が豊富で、その人がイメージしやすいやり方を見つけるための適切な指導方法であると思います。言葉が先ではなく、言葉を教わる側に合わせるという考え方が目的達成には早いと感じています。教わる側が分かる言葉を使うということ。そのためには、たくさんの引き出し、語彙を持っていることも指導者に欠かせないことです。

体が軽くなり、動くための導入ができたところで、屋外でバッティングを始めました。アップがてらに軽くバットを振り回し、少しずつ動作感覚を確認していき、楽に振ることからやってみるのですが、力を抜いて道具を扱うことの難しさに苦労します。その時、先生はバットの重さを利用して体がつながっている感覚を繰り返し行わせました。ゴルフスイングのように上から下へとバットの重さを感じて、その重さを重力に任せて振るスイングを行いました。

どこの筋を使うとかどこの関節をどうするとか、細かいことを言うのではなく、緊張の少ないスムースなスイングができるように振ることができなければ、その先へは進めません。ここでもやはり、大前提となることから指導されています。当然それを跳び越えて先へ進んでしまっては、異質のスイングになってしまいます。このことは、動作指導の要です。

重力を利用してバットが振れるようになったら、水平方向へのスイングへと移行して行きました。先に緊張を取る練習をしていたので、体がスイングの感覚を覚えているために意外にスピードが上がります。

緊張はスピードにブレーキを掛けることを再認識しました。そこから、体重移動を伴うスイングへと段階的に動作レベルが上がっているはずなのに、ここでも意外に楽に振れてしまいました。ときどき細かく考えて振るとどこかがおかしい。スムースでない。違いを感じることがあり、筋肉を余計に緊張させることにより、動作のつながりが止まってしまうことを実感しました。

次にスローイングです。スローイング動作に重要なテイクバックのためのウォーミングアップを行ったので、腕がスムースに後方に上がるのが分かります。私は腕をぐるっと回してテイクバックをしていたので、「そのまま肘を肩の高さに」と指導を受けると無駄な動きが改善されました。

ここでの大きなポイントは、指導を受けた本人が感じることです。的をついたアドバイスを送ると、やっている本人が気持ちいい。楽に動作ができ、投げたボールが変わり、それなりに格好良さを感じる。その結果「楽しい」という感覚に襲われるのです。指導の本質は、これだと思いました。細かいことをあれこれ指導するより、いかにシンプルに出来ないことを出来るようにさせるか。

簡単なようでこれほど奥が深いものはありません。その後の指導でも一度にたくさんの事をおっしゃらず、ひとつ一つのポイントを簡単に、「体を前に倒すことで腕を前に振り下ろす」「フォロースルーは対角方向に腕を持ってくる」「空手チョップで投げる」など説明されました。

動作が馴染んでくると、自然と同じモーション、同じボールの軌跡を通るようになります。何か違うと感じる時は、やはり考えてやっている時です。動作が馴染めば、やがて感覚が馴染み、そうなるとリズミカルなスローイングへと発展していく。2人しかいないので、どれくらい連続投球したか分かりませんが、相当数投げました。

「もっとやりたい」気持ちになったときは子供の頃、何かに夢中になったことを想い出させました。バッティングと同様に、スローイングの要点も楽に行うことで、力みや緊張感はいりません。体の重さを重力に任せていけば、腕は自然に振れるのです。補給から投球へのタイミングも同様に力が抜けているべきで、そうすれば自然とリズムが取れるようになるのは、3人でスナップスローの練習を三角形で行ったことで感じ取ることができました。

ランニングは、これまで何度かご指導いただいていて、吸収に多くの苦労を必要としなくなったこともあると思いますが、指導内容がどんどんシンプルになり、短時間で動作が再現できるようになってきたと思います。これも一貫指導の効果だと考えます。基本となる大前提から動作の組み立てまで、ある期間を通して指導し続ける効果を身を持って体験しています。

実際、マラソンを始めてから一般市民ランナーレベルですが、記録は半分まで短縮していて、成長率は2倍ということになります。一般の人より練習時間が短いことを考えると、練習効果は3倍にも4倍にもなっていると感じています。

どんな目的、どんな目標があるにしろ、一人の人を指導するときは短期的な視点だけでなく、長期的視野を忘れずに指導を組み立てていくことを大切にしていきたいと思います。

いくつかの身体調整方法もご教示いただき、体がスッキリしたところで勉強会を終えました。個人的には、魚住先生が仕事をしている場や空気を感じ、少しでも共有できたことが一番の学びだと思い、この体験は指導者としての血肉となることは自明です。

 

パーソナルトレーナー 岡田 康志

『レジスタンストレーニング』について

まず、テーマに関しての参加者が持つ疑問、質問について考えることから始まりました。先生がいつも言われることですが、『知っている』ことと、『理解している』ことは違うのです。指導する中で大切なことは、『クライアントにエクササイズをきちんと実施してもらう』ということです。クライアントがきちんとできなかったり、指導する中で疑問が出てくるといのは指導する側ができるように指導できていないし、きちんと理解できていないということなのです。

私のような駆け出しは疑問もなくきちんと指導できるなどと言えるまでには、まだまだ経験も実践も足りないので疑問や質問が出てくるはずです。 しかし、この質問というのは本当に難しいものです。質問に良い・悪いはないので、わからないことならどんな内容でも良いのですが、自分がわからないことをきちんと言葉にして相手に伝えなければ答えられないので、言葉の使い方というものもしっかり考えなくてはいけないということです。

知っているつもりで使っている専門用語に関して、きちんと定義を持って使わなくてはいけないと改めて感じました。 トレーニングについては、筋肉は刺激を受けて反応するものですから、クライアントの目的によってどのような刺激を与えれば良いのかが決まってきます。

トレーニングを指導する際には、どのエクササイズを、どのくらいの負荷で、回数は? セット数は? どのくらいの頻度で行い、どのくらいの期間でプログラムを変えていくのかなど、考えなくてはならないことはたくさんあります。しかし、忘れていけないことはトレーニングは『目的があって、方法がある』ということです。

クライアントの目的なしには、トレーニングプログラムを決めることはできません。 筋肥大だから最大筋力の70~80%の負荷をかけて10回を3~5セットやればいい、という簡単なものではないのです。

一言に筋肥大といっても、その方はどのような筋肥大が必要なのか?という目的がなければ、本来は負荷や回数、セット数などは決められません。そんな安易にトレーニングプログラムを組むことはできないのです。それをやってしまっているので、いろいろ上手くいかなくて悩んだり、結果が出ないということです。

トレーニングは週に何回やれば良いのか?ということも刺激と反応に関係しています。2週間に1回だと効果はどうなのか?週に1回だとどうなのか?ということをきちんと理解しておくことが必要です。そうすれば週に何回トレーニングする必要があるのかといったことや、パーソナルの1時間のセッション以外に、自宅や会社での過ごし方についてもアドバイスしなくてはならないことがわかってきます(実際にはセッションの1時間だけでは刺激の波が弱過ぎて結果は出ません)

またトレーニングの内容に変化をつけるのも、筋肉が刺激に対して適応する期間をきちんと理解していれば、だいたいわかることです。そうすれば期分けといった考え方にとらわれることもなくなります。

トレーニングとは半年後、1年後にはこうなっているということを予めイメージしておき、それを実現するためにはどうしていくのかというように逆算的に考えていくもので、今日はこれをやったけど、今度は何をしよう?というものではありません。そうすると自ずと結果はついて来ます。予め想定しているものに向けて、今週は何をして、来週は何をするのかが決まっているのですから。

そこが抜けていると、いきあたりばったりで目的も目標も何もない、ただトレーニングをしただけなのですから、結果が出なくても当たり前です。 最近は指導の中で近いものはできていますが、今後はこれをもっと意識して取り組まなくてはいけないと感じた課題の1つです。 後半は、実際にクライアントを想定してトレーニングの指導の実技を行いました。

ここでもクライアントがきちんとエクササイズを実施できているのか、指導する側もきちんと動作できるように指導しているのか、ということがポイントとなってきます。スクワット1つにしても相手が楽にしゃがめるところはどこまでなのかをきちんと把握し、エクササイズ中も常に姿勢が崩れたり、重力を感じながら下がる意識などをタッチや言葉かけでサポートすることで、きちんとした動作を導くように指導者は気をつけなければなりません。

ただ、ぼーっと立って回数をカウントするだけではいけません。また、チェストプレス(胸の筋肉を鍛えるマシン)もきちんと胸の筋肉を使っている感覚を感じてもらうためには、グリップの位置、肘の角度だけでなく、大胸筋の機能を理解した使い方を相手に伝えなくてはならないし、それを滑らかな動作で行えるようにアドバイスしなくてはなりません。

背中の筋肉を使うロウイング系の種目も同様のことを注意しなくてはいけません。使い方、感覚を1つ間違えるだけでも動きが全く変わってきます。間違った指導をしてしまうと動きが二段モーションになってしまいます。二段モーションで重りを持ち上げると、どうしても重そうに扱ってしまいます。

やはり重量物を楽に扱うということがしんどくないトレーニングには大切になってきます。 楽に持ち上げるためには滑らかで動きにブレーキがかからないということが重要です。その使い方をトレーナーがわかっていて、指導できるかが大きなポイントです。マシンの使い方1つでも意識を変えるだけでものすごく楽そうにできるということを知ることができたのは本当に大きいです。

あとはこの考え方を他のマシンで、どのように応用していくかを考えることが実践の中での課題になりそうです。

 

『モビリゼーション』について

モビリゼーションはストレッチと共に『自然体』に戻すためにトレーナーが理解しておかなくてはいけないとても重要なものです。個人的には変形性膝関節症や肩甲上腕リズムが崩れてインピンジメントがある方とのセッションで痛みが出てストレッチができなかったり、上手く緩めることができなかったりという事があったので、モビリゼーションの技術を身につけたいという思いで勉強会をお願いしました

『モビリゼーション』とはモビリティ(動きやすい)+ゼーション(状態にする)という意味の言葉からなります。つまり、『動きにくい関節をスムースにする』ためのテクニックなのです。誤解してはいけないのですが、可動域を広げるためにモビリゼーションをするわけではないのです。

『目的があって手段がある』ので、手段を何に使うのかではなく、何のためにこのテクニックを使うのかが重要なのです。そしてモビリゼーションは矯正法ではないのですが、関節の動きをスムースにするので結果としてノーマルの状態になるのです。 モビリゼーションを学ぶ上で、骨の構造や関節の構造、身体の各部分はどのような関節からなっているのかを理解しておくことが大切です。

それは、関節を『動くように動かさなくてはならない』からです。この辺りはストレッチにも共通してくるのですが、動きにくいものをスムースに動くようにするためには、『快の刺激』を与えなくてはいけません。手技を施す側が無理矢理動かしてしまえば、相手には痛みやつらさなどの反応が出ます。

そうすると本来は動きを良くするために行っているもののはずが、上手くいかないといった結果になってしまいます。ですから動くように動かすためにはそういったことの理解が大切になってきます。 実技では肩甲上腕リズムを改善していくために必要な手技を教わりました。腕を挙げていく時には60度くらいまでは肩甲上腕関節で動くのですが、90度まで腕を挙げていくためには肩甲骨が30度動くことが大切になってきます。

ですから腕が挙がらないのは肩甲骨に問題があるのです。そして、その肩甲骨が動く基準は胸鎖関節にあります。胸鎖関節を支点にして、浮いたり、下がったり、前にいったり、後ろにいったりするのです。つまり鎖骨を動かすことが大切になってきます。反対側には肩鎖関節もありますので、鎖骨の動きは肩の動きに大きく関わってくるのです。

ということで、胸鎖関節、肩鎖関節の動きをスムースにする手技を教わりました。 モビリゼーションをする上で大切な事は伸展位では行わないことです。完全に関節をロックした状態ではなく、適度に緩んだ(あそびがある)ポジションで行わなくてはいけません。ですから、どのポジションで緩むのかを知っておかなくてはいけません。

手技自体は軽く動くように動かすだけなので、簡単なのですが、関節を見つけたり、どうのように持って行って緩めるのかといったところが非常に難しいです。先生がやるといとも簡単に見つけ出して、簡単に緩めてしまいます。この辺りが初めてやるのと何度もやっている経験の差なのでしょう

しかし、少人数の勉強会の利点で、そういった難しいポイントも先生からアドバイスを頂いたり、感覚を実際に押えて教えていただけるので、初めてなりにもなんとか身体が緩めることができました。鎖骨が動くようになると手を挙げるのがとても楽になりました(肩甲骨の手技はその段階ではやっていません)。

さらに肋骨や肩甲骨をやはり軽いタッチでスムースに動かすようにしていくとさらに挙げやすくなり、腕の重さが気にならないくらい軽い感じでした。今までどうしても肩甲上腕リズムというと肩甲骨ばかりに目がいってしまっていたのですが、鎖骨の重要性を思い知らされました。 それから腰痛の方に有効な仙腸関節の手技も以前教わったのですが、もう1度教わりました。

仙骨を固定して腸骨を動かすパターン、腸骨を固定して仙骨を動かすパターンをやると、しゃがみこみが非常に楽になります。さらに尾骨と大腿骨の大転子を刺激して股関節を緩める手技も教わり、やってみましたが、さらにしゃがみこみが楽になりました。 最後に皮膚のラインを使った手技で太もも周り、足関節を緩めていきました。

先日も教わったものですが、触る場所を増やすとさらに緩むのです。しかもたったの5秒で・・・こんな簡単に緩めることができるのは驚きです。セッションのクールダウンで時間があまりない時でも、この手技を使えばものの30秒で股関節から足関節まで緩めることができ、良い状態で終わるために使えそうな感じです。 今回もそれほどたくさんの手技をやったわけではありませんが、身体は軽くなり、『自然体』を感じることができました。

まだまだ学ばなくてはいけない手技はたくさんあるのですが、今回のものだけでもストレッチと組み合わせて行えば、かなりの方に『自然体』を感じていただけそうに思います。あとは現場でどんどん実践して、手に感じる感覚、関節を見つける時間の短縮など、いろいろなことを磨いていきたいと思います。

今年は魚住先生から多くのことを学ばせていただきました。一応、体操、レジスタンストレーニング、ストレッチ、モビリゼーションの基礎の基礎くらいは押えたといったところでしょうか・・・ ですが、まだまだ実践していく中で多くの疑問、課題、上手くいかないことなどが出てきます。

この程度ではとても理解しているなどとは言えたものではありませんので、来年以降もしっかり自分の課題をクリアし、成長していくために先生から多くのことを学ばせていただきたいと思います。そして1人でも多くの方に『自然体』を伝え、広めたいと思います。

2011年新年のことば|ニュースレターNO.255

2011年も早2週間になろうとしています。昨年の4月から個人的な活動をすることになり、大阪、東京、埼玉、神奈川での勉強会を重ねてきました。そのなかで「解っているつもり」がいかにトレーニングやトレーナー活動の中で蔓延しているか、将来に向けて不安に思いました。

しかし、勉強会に参加し、「解っているつもり」で「解っていなかった」ことに気付いてくれる人たちも増え、何とか本物の指導者・トレーナーになりたいと意欲を持って学びに集う人たちが増えてきたことは本当にうれしく思います。現状でのお金儲けではなく、将来に向けての準備として知識と実践力を身に着けてもらいたいと思っています。

そのためにも、どこで、だれから、何を学びとったかということが大切です。勉強会に参加された方たちには、本質を追究し、理解することがどれほど大切なことか、そのようにして学んだことはすぐに実践で結果も得られることも分かったと思います。

何事においても目的があって、その目的を達成するために段階的な目標があり、その目標を達成するために具体的な方法があります。このことがどれほど理解されていないのか、悲しい現状も多々見られます。「何々のために何をしたらよいのか」という具体的な方法論ばかり求めている・求めてくる人が多いのも事実です。

また、「これをすればどれほどの効果が見られますか」ということもよく訊かれます。それは自分がやってみてわかることであって、人に聞くことではありませんし、聞かれても答えられるはずがありません。だれに対して、どんなテクニックを、どれほどの技量でやるのか、ということを考えれば、答えはその人に聞きなさいということになります。

何事も、方法論が先ではなく、「考え方」が分からなければ発展力・応用力に繋がりません。基本的な考え方から、応用が生まれるのであって、その基本的なことが本当に理解できていなければ実際に教えることはできないし、結果も出ないのは当然です。「理解していること」と「教えられること」は違います。

何のためにこれをやっているのか、これをやるのか、まず相手に理解させなければいけません。「あなたのカラダはこんな状況なので、このようにするとこうなるはずです」と説明し、実際に指導したり身体調整をしたり、施術をすることが必要なのです。そんな説明もなく、何かをやらされたり、何かをやられた後に「大丈夫です」「これでOKです」と言われても信用されるはずがありません。

人間性の問題もあるのですが、指導や施術に際して、「嘘をつかない」「ごまかさない」本物の指導者・背術者を育てていくことが今年の目標の一つでもあります。私の人生の目的は、人を助けることです。人を助けるとは、カラダの悩みを解消してあげること、パフォーマンスを高めてあげること、そして教育することが含まれています。今年も一人でも多く本物を目指す人を育てること・教育することが今年最大の目標でもあります。

それから、年末に「スポーツトレーナー虎の巻-完全版」を読んでいただいた知人から感想をいただきました。年頭の内容としてもふさわしいと思いましたので、紹介させていただきます。尚、「虎の巻完全版」は、申し込みに期限はありませんので、いつでも申し込みください。

最後に、今年も皆様に役立つ情報を提供して行きたいと思います。そして、本物を目指す人に一人でも多くお会いしたいと思います。今年もよろしくお願いします。

 

パーソナルトレーナー 遊馬 広之

『冒頭に「本書は、私の人生経験の縮図です。」と書かれている。まさに魚住先生が歩まれた『軌跡』がこのDVD1枚に詰まっている。

近頃の業界人はご存じないかもしれないが、魚住先生はゴッドハンドと言われたり、たった一言のアドバイスで選手のパフォーマンスを劇的に変えてしまう『奇跡』の人と言われている。

魚住先生は日本人で初めて皇族の方から著書「スポーツ選手のためのウォームアップ・プログラム(メディカル葵出版)」に推薦文を受けた方なのだが、その推薦文にも皇族の方が体験した『奇跡』が書かれている。

実際に、『奇跡』はあるのか。初めて見る人はそれを『奇跡』だと思うだろう。しかし、魚住先生に教えを請うとそれは『奇跡』ではなく、それまでの『軌跡』があったからだと気がつく人も多いと思う。実際に勉強会に参加すればそれがわかる。だから、「虎の巻完全版」を購入した人の中に勉強会に参加した人が多いようだ。どうしても『軌跡』をたどりたくなるのは、私だけではないのだろう。

前回出版された「虎の巻」は出版の関係でカットされた部分が多かったようだが、今回の「虎の巻完全版」はカットなしでさらに、その後の事も書かれている。すべての『軌跡』が書かれているわけだ。

一人前のトレーナーになるには「行動」と「考えること」が伴っていなければいけないと書いている様な感じがした。勉強したり、教えてもらったことだけをしていたところで、自分なりに考えなくては、それ以上の発展がないということだ。その発展したものが、独自性というのかもしれない。

考えるための第一歩は、言葉をしっかり定義するということが大切である。「虎の巻完全版」には、しっかりと言葉が定義されている。例えば、私も一応パーソナルトレーナーだが、フィットネスクラブで「コンディショニング」というと、マッサージのお友達のような意味合いで使われていることが多いが、それが大間違いなことに気がつく。

私が一番興味を引かれたところは、第18章4項のマトヴェーエフ博士との対談。ここで紹介したいのだが、マトヴェーエフ博士は20世紀に最もスポーツ科学の世界で貢献した科学者だと言われ、当時敵側の西側諸国でも評判が高い東側のスポーツ科学者だ。西側の科学者にも認められているマトヴェーエフ博士だが、博士は西側の科学者をあまり認めていないようだ。しかし、唯一西側諸国のスポーツ科学者で認められたのが魚住先生である。

マトヴェーエフ博士との対談は、なんとも味わい深かった。その中でコンプレックストレーニングの項目に出てくる「発達効果」と「残存効果」。この2つの言葉を定義していくと面白い。トレーニングを発達効果、残存効果。トレーナーを発達効果重視の人、残存効果重視の人に分けて考えても面白い。

最後の章に魚住先生が書かれた、マトヴェーエフ博士のピリオダイゼーションに関する論文がある。20章の3は2をロシア語に訳したものだ。感想ではなく、魚住先生の人柄を表しているエピソードがあるので、ぜひ紹介したい。2009年の9月のことだったと思う。勉強会の後、我が家で話をしていると話すこともなくなった。

すると、こんな話が出てきた。ずっと前のことだが、魚住先生がピリオダイゼーションに関して書いた論文をマトヴェーエフ博士に読んでもらいたくて、ロシア語に訳して博士の下に送ったそうだ。それが、回りまわって、ロシアで最も権威のある学会誌に掲載されることになったそうだ。それが20章の3である。

私は学者の世界には詳しくないが、そういうものは投稿して運がよければ掲載されるものなのだと思う。投稿したわけではないのに、掲載されることはすごいことなのだと思うのだが。その掲載号が自宅に送られてきたそうで、そこで先生は「送ってきてくれても、ロシア語読めないからなぁ」と言ってその話題は終わった。

普通の学者であるなら、名誉なことだと自慢をするのだと思うが、当時のHSSRニュースレターにもその記載がまったくなく、確かお医者様が書かれた『ふくらはぎマッサージ』の本の紹介が掲載された。

虎の巻 完全版|ニュースレターNO.254

前回紹介した「スポーツトレーナー虎の巻:完全版2010」の感想を早々にいただきました。いずれる方も勉強会で互いに学んでいる方々で、「魚住の考え方」も十分理解され、実践で活用されているようです。今回は3名の方の感想を紹介します。この感想からも物事の考え方・捉え方、理解の仕方が伺えると思います。

 

Physical Conditioning Production 栗田興司

『スポーツトレーナー虎の巻:完全版2010』を拝読いたしました。素晴らしい本に出会えて感謝しています。以前に出版された【スポーツトレーナー虎の巻】が、魚住先生の考え方、思いがつまったダイジェスト版だとしたら、この【スポーツトレーナー虎の巻完全版DVD】はまさに「集大成」といった感じの一冊でした。情報量だけでなくテーマの幅広さも圧巻です。

拝読させていただいて感じたこと、また魚住先生から直接お話を伺っていていつも感じることは、「言葉へのこだわり」の大切さです。「言霊へのこだわり」とでもいうべきでしょうか?この「虎の巻」のなかでも、我々が日ごろ何気なく使っている専門用語・言葉について、その言葉が持つ本来の意味について述べられています。

「ストレッチ」「ストレッチング」「キック」「スピード」「気をつけ」「楽」「頑張る」「直す」「治す」「心身」「身心」「理論」「理屈」など様々な言葉が挙げられています。

これらの言葉の持つ「そもそもの意味」を改めて考えることで現場指導のアイデアが湧き出ることが多々あります。言葉の使い方には、その人の物のとらえ方、考え方が反映されます。その言葉・用語の持つ本来の意味にこだわるということは、本質をとらえようとする考え方、見かた、表現方法、へのこだわりといえると思います。これがまさに魚住先生の考え方の根本であり哲学なのであろうと感じています。

魚住先生から、運動指導現場における「本質をとらえたコーチング」とは、それによって1G環境にある人間の本来の自然な動きを導き出し、その人を自然な状態に直すことができるものであると学びました。私はこの「虎の巻完全版」の中の「魚住の考え方について」という章がこの本の核心部だと感じているのですが、この章に目を通すたびに日ごろの自分の指導や言動がはたして本質を追究できているかどうか?を見つめ直すよい機会になっています。

「ホンマにそれで速くなるの?」「このやり方で自然体に直るの?」

私はコーチング業務ともに筋力トレーニングの研究にも携わっております。研究では、再現性を重視するがために運動条件などを画一化し、実際のトレーニング現場では統一しきれない運動条件になってしまうこともあります。また出てきた結果に個人差があっても統計的な処理をして有意差があると、「このようにすれば、こうなる可能性が高い」と結論づけます。

もちろん研究によって得られたエビデンスは非常に大切です。現場での運動プログラムデザインのベースとなり得ます。

が、その実験で得られた結果をどう読み取るかが大切です。対象者や方法、結果などを読み取る力、本質を見極める力がないと、見聞きした情報に右往左往することになってしまいます。実験結果を鵜呑みにして現場で実施してもクライアントの求める成果につながらないことも少なくありません。

実験結果から得たものをクライアントの求める成果につながるようにアレンジして指導する指導者の感性が必要です。また研究する側としても、「この実験デザインは果たして現場指導に活かすという本質から外れていないか?」「結果を出すためだけの実験になっていないか?」などを問い続けることが大切であると思います。

たとえ優れた研究結果であっても、それが伝言ゲームとなって商業ベースに乗っかり、時には情報にズレを伴いながら過大解釈となって広がることがあります。真偽の疑わしい健康情報やトレーニング方法、器具、サプリメント等が世間には氾濫しています。

そんな「商品」に囲まれている世の中だからこそ、魚住先生の考え方を参考に「本当にこの器具は必要か?この方法で良くなるのか?この栄養の取り方は自然の摂理にかなっているのか?」というふうに興味や疑問をもつことが大切であると思います。

私は時々この本を開いて「魚住の考え方について」の章に目を通すことで、日々の指導・言動の「軌道修正」をしています。

 

パーソナルトレーナー 高津 論

「スポーツトレーナー虎の巻」は、スポーツトレーナーに必要な、歴史と原理がつまった他に類をみないまさにバイブルです。データで受け取った時には実感がありませんでしたが、紙600ページを実際に印刷してみて、改めて膨大な量であることに驚きました。

章の前半はトレーナーに必要不可欠ないわゆる基礎の部分を非常にシンプルにまとめあげられており、やるべきことの本質をすぐにつかむことが出来ます。

現場で当たり前のようにやっているストレッチなども、ポーズ云々ではなく、何に刺激を与え、どういった反応を導くのか?という見方で、どういった目的だからそういう方法をとるというように、単なるやり方解説ではなく、色々な場面に遭遇しても対応できる本当の基本が書いてあります。

基礎の大切さの本当の意味をしることが出来ました。刺激と反応、目的から方法を導くという非常にシンプルな考えのお陰で現場で様々な対象者に対応できるという可能性が広がりました。

私が非常に好きな章は17の「魚住先生の考え方」という箇所です。こういった指導哲学のようなものは、一般的な書籍においては目にすることがありません。さまざまあるトレーニング理論をいかに現場で活用するか、この考え方の中で多数披露されていますので、これを読みながら「このケースはこうかな?」「あのケースではこう考えることもできるかな?」など、自然と考えながら読める章ですね。

また、実際に先生から直接学んだことを確認するのに最適ですし、また、逆に「考え」を読んでから、直接先生から学ぶことでより理解が深まっています。

私自身が現在一般の人を対象に指導をしていることもあり、「立ちかた」「歩き方」「重力」との向き合い方は、どこに導けばよいかということをクリアにしてくれます。

不思議なことに、一度読んだことがあるページであっても、また別の日や別の状況で読むと「新しい」ページをみている感覚になります。読む側が問題意識をもって読むことで、新たな考えが生まれて現場に生かすことが出来る内容になっているので、自然と繰り返し目を通してしまっています。

 

パーソナルトレーナー 岡田康志

今年は魚住先生から学ばせて頂く機会を頂くようになり、自分の大きな成長を感じております。魚住先生の著書である『スポーツトレーナー虎の巻』を以前に購入させていただき、日々読んでいますが、毎回新たな気づきをいただけるので、個人的には指導のバイブルと思っています。 何度も読み返しているうちに、表紙がボロボロになってしまいました(ブックカバーをすればよかったと今さらながらに後悔です・・・)

先日ラボを訪れての勉強会の際には、編集の都合で載せられなかった部分が載った原著もいただきました。そしてこのほど、さらに新たな先生の考えなどが書き加えられた『スポーツトレーナー虎の巻 完全版 2010』のデータを手に入れることができました。新たに書き加えられた先生の考え方の部分は、シンプルなのですが、奥が深く、自分の考え方がまだ浅いということを改めて感じさせられます。

以前先生が講演会で『考え方は毎日変わる』といったことを仰っていましたが、先生程のレベルでもまだまだ日々進化、レベルアップされているわけですから、私のような駆け出しトレーナーはもっともっと精進していかなくてはいけませんね。 これを読むだけでは先生の考え方の全てを理解することはできません。

しかし、自分が『知らなかったこと』、『わかっていないこと』、『わかったつもりでいること』に気づかせてくれるものだと思います。 最近はトレーナーになるためのハードルも低くなっているため、誰でもトレーナーを名乗ることができます。しかし、トレーナーを生涯の仕事としてやっていくためには、その他大勢の中から突き抜けた本物のスペシャリストを目指していかなくてはいけないと感じています。

そのために必要なことを学ばせてもらえるセミナー、勉強会がどれだけあるでしょうか?いろいろ勉強会、セミナーには参加してきましたが、ほとんどはある特定の対象者のみに使えるテクニックといったもので、1人1人に応用していくために必要な物事の本質を教えているようなものはほとんどありません。ですので、先生から定期的に学ばせていただく機会があることは大変貴重なことです。

私にとってはこの『虎の巻 完全版』は、勉強会で教わった、『一般の人に必要なのは1Gに対して楽に立ち、1Gに対して楽に動くことのできる身体が必要である』といったことや、『楽な歩き方』などについて常に再確認することができるものでもありますし、新たな気づきをいただくことができる指導におけるバイブルですね。

私自身まだまだレベルが高いとは言えませんが、先生がいつも仰っているように、『一般の人から、プロのスポーツ選手まで、どのレベル、どの対象者に対しても、パフォーマンスの向上から健康増進、リ・コンディショニングまでこなせるプロフェッショナル』を目指してこれからも日々精進していきたいと思います。

筋肉レバレッジ・トレーニング|ニュースレターNO.253

面白い興味深いホームページを見つけました。今回は、余計な見解を述べずに読んでいただき、いろんな理解をしていただけたらと思います。

他にも興味深いことが掲載されていますので、トレーニングを指導されている方は一度ご覧になることをお勧めします。

『筊肉レバレッジ・トレーニングとは、梃子の原理によって筊肉を鍛えるもので、現在行なわれている筊肉トレーニングとは、グローバルな意味に於いて全く一線を画したもので、いわば人類史上初めて登場した画期的な夢のトレーニングであり、このトレーニングは、幹線筊肉を強化して生活の質を向上させる事によって老後に希望を与え、スポーツ界に新風を起こし、医学に風穴を開ける可能性を秘めたものである。

現在、マシーンやダンベルなどの器具を使うものから、腕立て伏せなどに至るまで様々な筊肉トレーニングが考案されており、中には腕の付け根を縛って血流を遮る事によって筊肉トレーニングの効率を図る加圧式などもあるが、何れのトレーニングにも決定的な欠点が潜んでおり、その欠点をクリアーしない限り本当の意味の筊肉トレーニングは出来ない。

その欠点とは、それらの筊肉トレーニングによって筊肉肥大を図り続ける限り、その先には筊肉の故障と云う現実が待ち構えている点であり、負荷を掛け続けられる筊肉は何時の日か必ず臨界点に達し、それを境として破壊への方向へと進んで行くのである。スポーツに於ける選手寿命は、年齢的な限界によって訪れるのではなく、これ以上筊肉を鍛える事が出来ない事情によって決定されるのである。

多くの筊肉トレーニングは、力点と作用点によって筊肉肥大を図る直線的な鍛え方であるが、それが効率の悪い筊肉を造り上げる元凶となっている。例えば、ダンベルトレーニングで大胸筊を鍛える場合などは、ダンベルを握る手を力点とし大胸筊を意識する事によって、そこに作用点を作り出して筊肥大を図り、上腕二頭筊を鍛える場合は、上腕二頭筊を意識して作用点とし、ダンベルを持つ手を力点とするのである。

然し、これらのトレーニングで鍛えられた筊肉は押し並べて硬くて融通性の無い筊肉に仕上がってしまい、何れトレーニングと筊肥大の臨界点を迎えるが、その筊肉をスポーツなどに使う事によって一層寿命が縮むのである。

力点と作用点によって行なわれる筊肉トレーニングは、力点に掛かる負荷を徐々に上げ続けていかなければ筊肥大を起こす事は出来ないが、筊肉には負荷を掛け続ければ壊れる方向に向かうと云う筊肉負荷の原理があり、何れ筊肉に負荷を掛け続ける事の限界を迎えるのである。一般的筊肉トレーニングの行き着く先は、挫折して事なきを得るか、とことんやって故障するかの何れかであり、加圧式と呼ばれる方法も単にそれを早めるだけの事に過ぎない。

こう云ったトレーニングは、筊肉に鞭を打って鍛え続けるようなもので、それによってスポーツのレベルが飛躍する事も、筊肉トレーニングをアンチエージングの武器とする事も叶わないのである。 筊肉には、「筊肥大のメカニズム」・「筊肉の連動システム」と云った基本的な仕組みがあるが、一般的筊肉トレーニングの多くは、それらに対する誤解あるいは無理解によって行なわれており、こう云ったトレーニングと決別しない限り、本当の筊肉を造り上げる事は出来ない。

筊肉は連動する事によって効力を発揮するメカニズムの中で稼動しており、当然トレーニングはそれを視野に於いて行なわれなければならないが、力点と作用点からなる直線的運動によって鍛えられた幹線筊肉の未熟な筊肉は、鍛えるほどに使えなくなると云う皮肉な筊肉として肥大してしまう。

本来筊肉は、力点と支点と作用点からなる梃子の原理によって鍛えられるべきであり、それによって僅かな負荷を大きな負荷として作用点に伝える事が出来、しかもマシーンやバーベルなどの器具による負荷を必要としない為に、病人でも年寄りでも簡単に行なえる。

更に、このトレーニングは、自分の体を組み合わせる事によって、あらゆる場所に力点と支点と作用点を創り出す為に、ベッドの上でも散歩中でもテレビや新聞を観ている時でも行なえ、寿命の尽きるまで一生続けられると云う利点がある。

筊肉レバレッジ・トレーニングと一般的トレーニングの相違は、重たい負荷を使わない為に、誰でも・何処でも・何時でも筊肉を鍛えられる点と、一般的筊肉トレーニングに希薄な概念である幹線筊肉の強化を最重要視している点などがあるが、中でも筊肥大が破壊に至らない事に於いて、このトレーニングを一生涯に亘って鍛え続けられる点が、老人やスポーツ選手に与える恩恵は計り知れないものがある。』

『腕相撲をする場合、指先で感じた相手の力が手掌腱膜を通して、屈筊支帯・伸筊・屈筊・上腕二頭筊・上腕三頭筊・三角筊・大胸筊へと伝わり、其々の筊肉が一斉に縮む事によって応戦し、それを僧帽筊や広頚筊が手助けをする。

これが腕相撲をした時に出来る筊肉の連動であり、その連動によって指先から大胸筊に繋がる一本の筊肉の流れが出来上がるが、個々の筊肉が連動し協力し合って作り出させるマッスルパワーの流れる一本の線を幹線筊肉と称する。 医学書にもスポーツ関係書にも幹線筊肉と云う名称は明らかにされていないが、この幹線筊肉に着目しない事によって、様々な筊肉トレーニングの間違いが引き起こされてしまうのである。

筊肉トレーニングをする場合、筊肉を肥大させる手段としてダンベルやバーベル及びマシーンを用いるのが一般的であるが、こう云った器具を用いた運動では、力点と作用点だけの直線的運動によって筊肉が鍛えられる為に、一つ一つの筊肉がパーツ単位で肥大してしまう。

これは、筊肉肥大のメリハリを競うボディビルダーなどには適しているが、個々の筊肉が自己主張してしまう為に連動による幹線筊肉が不完全になりがちで、マッスルパワーを必要とするスポーツには不向きな筊肉である。こう云った筊肉は押し並べて見掛け倒しである事が多く、持久力にも乏しいのが普通であると共に、こう云った筊肉を酷使すると怪我に発展するのが自然であり、怪我に泣かされる選手の殆どは間違った筊肉トレーニングに因って筊肉を肥大させた事が原因である。

一般的にマッスルパワーと肥大した筊肉を同一視する傾向があるが、一つ一つの筊肉が如何に肥大していても、関係する其々の筊肉が連動してより大きな幹線筊肉を造りだせない限り、その筊肉に見合ったパワーを引き出す事は出来ない。

筊肉運動に於いて幹線筊肉が重要となるのは、スポーツや日常生活に限らず人間の筊肉運動が直線的運動ではなく捻りの加わった曲線運動によって成り立っている事に由来し、力点と作用点だけの直線運動によってパーツ単位で肥大させた上腕二頭筊や大胸筊は、如何に見かけが立派であっても捻りの加わった筊肉運動には力を発揮出来ない。

現在行なわれている筊肉トレーニングは、縮むと云う筊肉の特質を衝いたものであるが、その鍛えられた筊肉が捻りの加わった運動に使われると云う核心部分には全く言及していない事が、筊肉トレーニングに夜明けが訪れない原因である。

筊肉トレーニングの殆どは、縮む働きをする筊肉に抵抗を与えることによって成立させており、筊肉をパーツ単位で肥大させる事に於いても全く問題を提起する様子は無いが、鍛えるには何の問題も無いとしても、その筊肉を使うには由々しき問題が生じるのである。

人間のしなやかな所作や重たい荷物を持ち運びするパワーは、ただ単に縮むだけの筊肉に捻りと云う動作が加わって初めて成立する事実を認識していながら、その事実が筊肉トレーニングに於いて全く考慮されていない現実には、インストラクターなどに筊肉を幹線筊肉レベルで鍛える知識と技術が無い以前に、その発想さえも無いと云う如何ともし難い事情がある。

実際問題として格闘技に限らず、およその一流スポーツ選手でボディビルダーのようなメリハリの利いた筊肉を身に付けている選手を見受ける事はないが、これはそういった筊肉が殆どのスポーツに不向きであると共に、其々の運動に適した幹線筊肉を開発しない限り一流選手には成れない事を物語るものでもある。』

『人体には、使わない筊肉は萎縮すると云う「不活性萎縮」の原理があり、その原理を証明するかのように老人の筊肉は一様に萎縮するのであるが、この原理の裏を返せば使う筊肉は萎縮しないと云う事でもある。

然し、使い続ける限り萎縮しないと云う筊肉の性質は、筊力の恩恵によって生活を維持する者にとって何ものにも代えがたい利益であるが、その利益の前に立ちはだかるのは、同レベルで使い続ければ磨耗し、加減して使えば加減した分だけ萎縮すると云う筊肉の性質である。 筊肉は鍛えれば鍛えるほど強固になるが、更に鍛え続ければ壊れると云う性質があり、スポーツマンの引退時期はそれによって訪れるのである。

鍛え続ける事の限界に至った筊肉は様々な箇所に故障と云う形で現れ、一生懸命筊肉トレーニングに励む選手ほど故障に泣かされるのはその為である。筊肉トレーニングは、鍛え続ければ壊れ、鍛えなければ萎縮すると云うジレンマの中で行われるが、それを継続させる事は並大抵ではない。

然し、それ以上に時間と金銭の消費も相当なものがあり、本格的になれば筊肉を肥大させる為にプロテインなどのサプリメントの摂取や食事制限もかなりの負担となる。

筊肉トレーニングの難しさは、その内容の問題よりも其れを継続出来るかどうかの問題が重要であり、スポーツ選手は引退が契機となって本格的トレーニングから退き、一般人は暇と金と根気の何れか一つの切れ目によって遠のくのが普通である。

この事から導き出されるのは、結局のところ普通の人間が生涯に亘って筊肉トレーニングを続けることは無理であると云う現実であり、それを物語るように普通の老人が日常生活の一環として筊肉トレーニングに励んでいる姿にお目にかかる事はない。それによって老人は成るべくしてヨボヨボになり、楽しいはずの老後は病院通いに費やされ、国家はその経費削減に躍起となる。

然し、これらの事は総て筊肉に対する誤解によって生じているものであり、筊肉に対する無理解とそれに纏わる筊肉トレーニング方法の間違いによって引き起こされているのである。筊肉は的確に鍛えるのであれば年齢を問題にする事はなく、八十歳になっても筊肉トレーニングは可能であり、それによって筊力を維持する事にも何の問題も生じては来ない。

筊肉は人体のエンジンであり、その性能が消費期限ギリギリまで維持できるのであれば、人間の寿命に対する考え方にも積極性が出る筈である。』

『宇宙区間では秒単位で決められたスケジュールの中で、毎日二時間の筊肉トレーニングをこなしても筊肉の減尐を止める事は不可能だったという報告がある。確かに筊肉が宇宙空間に於いて、地球上よりも早い速度で萎縮するのは周知の事実であるが、これは宇宙空間と云う重力の存在しない環境の中で、筊肉がその必要性を改める事が原因である。

然し、それは無重力状態の宇宙空間の中でより顕著に現れるだけの事であり、常に一Gの重力に支配されている環境の地球上に於いても同様の事態は起こっているのである。筊肉の基本原理となっている不活性萎縮とは、「使わない筊肉は萎縮する」という原理であるが、正しくは「圧力の掛からない筊肉は萎縮する」と定義すべきである。

無重力空間での筊肉萎縮は圧力から解放される事が原因であり、筊肉に圧力を掛け続ける事が出来るのであれば、それが宇宙空間であっても筊肉の萎縮を避ける事は当然可能である。 人体の構造に於いて特筆すべきは、地球上を支配する重力を逃す仕組みをもっていると云う事であり、この仕組みを手に入れた事によって人類の二足歩行は可能になったのである。

千四百グラムにも上る脳と其れを取り巻く器官、そしてそれを護る頭蓋骨、重量しめて四キログラムを細い頚椎と僅かな筊肉で支える事が出来るのも、重力を逃す仕組みがあればこそ、その仕組み無くして支え続けられるものではない。然し、人体は骨格構造によって重力を逃す一方で、挙動によっても重力を逃す仕組みを作っており、「直立不動」の姿勢が重力も諸に受けるのに対して、「休め」の姿勢が重力を逃す挙動である。

重力を逃す構造が骨格の領域に対して、挙動によって重力を逃すのは筊肉の領域であるが、いずれの場合も、先ず重力を受けて後に逃すと云う経過を辿らなければ、その仕組みによって形成された形状を維持する事は出来ない。

いわば人体の構成は先ず重力ありきで、その重力を如何に利用し、かつ、逃すかと云う事が筊肉に於ける最大のテーマであるが、これらの事は筊肉トレーニングに於いても非常に大きな意味を持って居り、この仕組みを理解しない限り一生涯に亘る筊肉トレーニングを実施する事は出来ない。 一般に行われている筊肉トレーニングとは、負荷に対する抵抗によって筊肥大を促すものが殆どであるが、この場合の負荷とは飽くまでも重力に沿ったものなのである。

重力を負荷としないマシーンも研究されているが、人体が重力を受けながら逃すという根本的なシステムを内蔵している限り、如何なる負荷を作り出す仕組みを持ったマシーンであっても結局のところ大した違いを生じさせることは出来ない。 筊肉トレーニングに於いて様々な発想と見解によって、マシーンやトレーニング方法が考案されているが、これらの総ては筊肉が受ける負荷を前提にしているもので、その負荷を逃すと云うもう一方の仕組みについて全く関知してはいない。

負荷は筊肉にとって栄養と同じであり、どんな負荷であっても掛けた負荷に相応して筊線維は肥大するが、その肥大した筊繊維を維持する事の難しさは、負荷を受ける事と逃すことの狭間に生じてくる。負荷を受ける事によって肥大する筊線維は、許容量を超えれば破壊によってそれから逃れ、トレーニングの中止と共に負荷を逃す作用によって萎縮が始まるのである。

仕事の合間を縫ってトレーニングジムに通い、首尾よく筊肉隆々の肉体を手にしても、度を超えれば故障し、其れを止めてしまえば何ヶ月も経たない内に、遅筊は萎縮し速筊は僅かな筊肉を残して脂肪に取り換わるのである。 老衰状態の爺ちゃんの筊肉が隆々としている事は有り得ないし、筊肉トレーニングを止めても尚、当時の筊肉を維持している人もいない。

頑張らないと筊肉は付かないし、頑張りすぎれば故障すると、これは誰もが認める筊肉の実態であるが、これは筊肉の持つ基本的特徴に過ぎず、筊肉の肥大と萎縮を担っているのは飽くまでも負荷の掛け方なのである。筊肉に掛かる負荷は大きいほど筊肥大を起こすと考えられている。

枕革命|ニュースレターNO.252

テレビでよく取り上げられるのが、腰痛、肩こり、肥満です。先日のテレビでは、女性が一番悩んでいるのが、「肩こり」ということでした。頭の位置がずれることで、頸椎の弯曲が偏位するようです。いろんな対策があるようです。熟睡ではない人に、肩こり、首こりが多いはずです。

私も熟睡できるように、からだが沈み込むマットを購入してみましたが、熟睡にはいきつきませんでした。短時間リラックスするのには最適なのですが、我々のからだは睡眠中に寝返りを打つことで正常な状態に戻していると言われますから、沈み込むマットはむしろマイナスだったのですね。

それで熟睡できる枕ということで、最近よくテレビに出てこられる医師がおられます。枕外来を開設され、適切な枕を作成してくれるということで、1年待ちになっていると言います。そこでその方の本を購入し、枕について勉強し、自分に合った枕を作成したところ、不快な寝返りを打つこともなく熟睡できるようになりました。

その本は、山田朱織著:枕革命 一晩で体が変わる(講談社+α新書2008)です。睡眠や首こり・肩こりに悩んでいる方は一度ご覧いただいたら参考になると思います。

今回は、参考になるところを一部抜粋して紹介したいと思います。

『本来、横たわるのは、脊椎動物にとって唯一、脊椎に負担のかからない姿勢です。脊椎動物のなかでも、2本足で立ち上がって活動する人間の場合、重い頭部を支えるため、ただでさえ首の骨(頸椎)や背骨、腰の骨(腰椎)に大きな負荷がかかっています。とくに頸椎には常時6~8キロもの頭の重みがかかり、それを支えているのが抗重力筋という筋肉です。

大きな負担から骨や筋肉を解放してやるには、静かに横たわってゆっくり休息するほかありません。さらに、休息中も大きな寝返りと小さな寝返りを存分に打って、血液やリンパ液、関節液などの体液をまんべんなく循環させることで、ようやく疲労は回復。心身ともにすっきりとリセットされた状態になるのです。

ところが、ベッドのスプリングが軟らかすぎたり、逆にフローリングの床に薄い敷布団だけで硬すぎたりすると、せっかく横になっても背骨や腰椎を解放してやることができません。むしろ、さらなる圧力がかかってしまいます。枕の高さが合わなければ、頸椎が無理な角度で折れ曲がり、その影響が背骨や腰椎、腕の神経にまで広がっていきます。

じつは、背骨全体の傾きは、ほんのわずかな首の角度で影響を受けます。つまりこれは枕の高さで決定するわけです。私たちの睡眠に影響を与える物理的な条件はたくさんありますが、なかでも枕は、もっとも単純で、直接的で、影響力の大きい要素なのです。』

『「私はどんな場所でも、どんな格好でも、眠たければすぐに眠れる」

ときどき、こんな自慢をする方にお会いします。しかし、そういう人でも、ソファでえびのように丸まって寝入ってしまった翌朝、身体のあちこちがこわばって痛かったり、だるかったという経験はあるはずです。あるいは、旅行先のホテルで、洋画に出てくるような2段式の羽毛枕に頭を沈めて眠ったところ、寝苦しくて困ったとか、朝になったら腕がしびれていたなどという経験はありませんか。

寝姿勢の悪さは、熟睡をさまたげるだけでなく、身体の痛みやしびれといった症状を引き起こすのです。そして、寝姿勢を決定する大きな要素が、布団やベッドなどの敷物と枕。とくに上半身、つまり頭、首、肩、上背部、腕、手に与える影響が大きいのが枕です。なぜなら枕は、一見、頭を置くだけの道具に見えますが、じつは睡眠中の首の角度を決定する大切なもの。首の位置や角度によって背骨全体のポジションが決まり、寝返りの打ちやすさまで左右されるのです。

このあたりで、頸椎や脊椎の構造についてちょっと勉強しておきましょう。少し専門的でむずかしいかもしれませんが、骨の仕組みがよくわかると、正しい寝姿勢や枕の重要性が理解できるはずです。

首の骨、つまり頸椎は7つの小さな骨から成り立ち、7つの骨の中を脊髄神経という重要な神経の束が走っています。そして、この脊髄神経から1本ずつ枝分かれした計8本の細い頸神経が、頭や首回り、肩甲骨の周囲、腕や指先まで、左右に分かれて支配しています。つまり、左右別々に運動、感覚、痛みなどを司っているのです。

枕が高すぎたり、低すぎたり、軟らかすぎたりすると、首が不自然な角度で傾くので、これらの頸神経は根元で圧迫されて障害を受けます。また、直接、圧迫することはなくても、不自然な寝姿勢のせいで首の後ろの筋肉が緊張すれば、神経に栄養を運ぶ血管が締めつけられて血液循環が悪くなり、やはり神経は痛みます。

もう少し詳しく、上から順番に頸神経の場所と障害を見ていきましょう。

第1頸椎と第2頸椎の間から頭のほうへ伸びている第2頸神経後枝が「大後頭神経」。この神経が締めつけられたり、傷んだりすると、頭痛や後頭部痛の原因となります。また、大後頭神経は髪の生え際あたりで三叉神経にリンクしているので、三叉神経痛として目の奥の痛みや、目頭がきりきりするといった症状が出ることがあります。

第2頸神経前枝、および第2頸椎と第3頸椎の間から出ている第3頸神経前枝は「小後頭神経」です。この神経は、耳の後ろから顎の関節、首の付け根あたりに分布します。寝ている間に耳がちぎれそうなほど痛くなったり、朝起きたら耳がしびれている、顎のあたりに違和感があると訴える患者さんがいますが、そういうケースでは、まずこの神経の異常が考えられます。

第3頸神経と第4頸神経は、喉や首回り、そして前胸部を支配しています。寝姿勢が悪いためにこれらの神経が傷つくと、喉が締めつけられるように感じたり、胸に圧迫感を覚えたりします。』

『下部に入り、第4頸椎と第5頸椎の間から出ている第5頸神経は、ちょうど肩の後面から腕に向かって伸びています。夜中に肩の痛みを感じて何度も目が覚めるとき、ちょっと年輩の方だと「いよいよ40肩だろうか」とか「50肩なんだからしかたない」などと考えがちですが、じつは合わない枕で寝ているために首が傾きすぎて、第5頸神経を圧迫していることも考えられます。

次の第6頸神経は、肘の周囲に伸びています。したがって、起きたときに肘が痛いとか、肘の曲げ伸ばしがうまくいかないという方の場合は、この神経が傷んでいることを疑ってみる必要があります。

そして、いちばん下部にある第7頸神経と第8頸神経は、指先にまで到達しています。とくに第8頸神経は、肘の内部にある細い骨の隙間を縫うようにして小指の先にまで伸びているため、圧迫を受けやすい構造にあります。朝起きるたびに小指がしびれているとか、なんとなく手がはれぼったい、手に力が入らないなどという場合にも、首の神経を圧迫していることが原因かもしれないのです。

もちろん、あらゆる症状がすべて枕のせいだとは言えません。ほかの病気による症状であることも十分考えなければなりません。また、頸椎に年齢変形や外傷の後遺症があるような場合には、枕や寝姿勢に関係なく同様の症状が出ることがあります。

しかし、合わない枕で寝続ければ、いずれは誰にでも何らかのつらい症状が出てくる可能性はあるのです。なぜなら、合わない枕で眠るのは、首の骨にとって拷問も同じだからです。誰だって、ひどい拷問を受けたり、残虐な暴力行為にさらされれば、無意識のうちに防御姿勢をとるものでしょう。枕の拷問を受けたときも同じです。

合わない枕を当てて眠った夜、私たちの身体はどんなふうに対応していると思いますか?無意識のうちにも自らの手を動かして、頭の下の枕をずらしたり、はね飛ばしたりします。身体全体が枕から逃れよう、逃れようと動き回ることもあります。枕の代わりに自分の腕や肩を不自然な形に曲げて頭を預けることもあります。いずれにしても、朝起きてみると、頭の下に枕はありません。

はたから見れば、「なんて寝相の悪い人」などということになってしまうかもしれませんが、じつはそれもこれも、拷問から逃れるための適切な行動なのです。だって、考えてもみてください。無理な姿勢で首の骨を圧迫したまま6時間も8時間も眠り続けるとしたら、どうなってしまうのか。ちょっと考えただけでも恐ろしい話です。寝違えを起こす人も、ひどい頭痛に悩む人も、腕のしびれや肩こりに苦しむ人も、はるかに増えるに違いありません。

合わない凹凸枕の上で首がぐらぐら拷問を受けるよりは、枕を使わず平らな敷物の上で眠るほうがまだましです。少なくとも、首が安定して寝返りが打てます。』