2001年暮れの全国高校駅伝大会の男子のレースを見られた方はいるでしょうか。前回の2000年の大会では、福岡の大牟田高校が1年生のアンカーが競技場の最後の直線で今回優勝した仙台育英高校を振り切って勝ちました
今年は2連覇が堅いと言う下馬評でありましたが、エースが故障して、前回のアンカーを努めた2年生が花の1区を走ることになりました。その選手は2年生ですが、5000m14’13”92、10000m30’20”58、3000mSC8’52”41と言う記録を持ち、全国のトップクラスの選手で、1区での期待も大きいものでした。
しかし、結果は46番目で32’24”もかかってしまい、大ブレーキを起こしたのです。
原因は、故障ではありませんでした。1区のスタート前からテレビでも顔が見られましたし、確かに気負いがありました。そしてスタートの合図と共に思い切って飛び出しました。早すぎるとだれもが思ったわけですが、気持ちを抑えることができなくてそのまま突っ走ってしまったのでしょう。
100m14”5、200m28”7、300m43”8、400m58秒、そして1kmを2’40”で通過しました。あとは、そのままずるずる後退と、と言うことです。10kmレースでこのペースで入ることは、日本記録を狙いに行くことしか考えられません。
そのことからして、彼は自分の持っている糖のエネルギーをわずか3分もたたないうちに完全に使い果たしてしまったのでしょう。後は、脂肪のエネルギーを細々と使うしかなかったので、スピードを再び上げることもできないで終わったのでしょう。
グリコーゲンをいかにうまく使い切るかと言うことであり、レースペースの大切さを見せつけたレースでした。1区のトップは、ケニアからの留学生で、日本選手のトップは、土岐商業の5000m14’20”62の選手で、29’21”の素晴らしい記録で走りました。
その彼は、競技場では、一人離れて最下位を走っており、3kmを過ぎてから出てきました。おそらく理想的なペース配分、エネルギーの使い方をしたのでしょう。
このレースを見る前に、東京大学の八田秀雄先生が書かれた『乳酸を生かしたスポーツトレーニング』(講談社)を読んでいたので、なおさら興味深い現状が見れた思いがしました。この本は、読みやすい口語体でかかれており、これまで我々が誤解して理解していたところもたくさん出てきます。
乳酸について、正しい理解をすることができると共に、その活用方法についても示唆しています。以下に、一部の概要をまとめておきました。
乳酸から運動のエネルギーを考える
生きているということは、エネルギーを作り、そして使っているということである。そのエネルギー源は、主に糖と脂肪を分解していくことで得られる。乳酸は糖の分解の過程で産生され、脂肪をエネルギー源として使っても、乳酸は産生されない。
1) タンパク質
タンパク質はアミノ酸が集まってできている。以前はアミノ酸、またそれが集まったタンパク質は、エネルギー源にはならないと見なされてきたが、最近の研究では、アミノ酸もエネルギー供給に貢献していることが明らかになってきた。ただし、糖と脂肪に比較すればそのアミノ酸のエネルギー需要に対する貢献度は低いと考えられ、また不明な点も多い。
2) 糖
糖質は炭水化物ともいうように、炭素(C)と酸素(0))水素(H)からできている。糖質は、単糖という基本単位によって構成されている化学物質の総称である。糖質のなかでもエネルギー源として大切なのがグルコース(ブドウ糖)やそれが多く集まった形のグリコーゲンである。
糖は砂糖が紅茶やコーヒーによく溶けることからわかるように、糖は水によく溶ける。ということは、血液に溶けて体中を楽々と回れるということである。水に溶けにくい脂肪に比べて、糖は体内でも運ばれやすい。
体内は浸透圧が一定に保たれて、糖を貯めにくい。体内は、薄い塩水のような状態になっていて、溶け込んでいる物の濃度がいつも一定に保たれている。そこで水によく溶ける物が多く体内に入ってくると、塩水の状態が変わり、溶けている物の濃度が増える。
それは体内の状態としては望ましくないので、水分を増やして濃度を下げようとする。
そこで、胃は糖質をたくさん食べると水分を摂りたくなる。また、マラソンの最中にエネルギーを補給しようとして高濃度の糖溶液を飲むと、もっと水が飲みたくなる。しかし給水所が先にあると、胃腸が糖を受け付けず胃が痛んだりすることがある。
このように糖を貯める時には水が必要になる。そして水に溶けやすいという性質から、糖を多量に貯めることはできないといえる。
糖は水によく溶け、運びやすく、また脂肪に比べればエネルギーを取り出すのも比較的容易であるが、体内に貯められる量はあまり多くはない。
3) 脂肪
脂肪は手間がかかる一方、脂肪酸とグリセロールからなり、脂肪酸は炭素と水素とが長くつながった構造をしており、貯めるのには便利になっている。
体の脂肪量(体脂肪量)は、一般的に体重の20~30%(10~20k)くらいある。脂肪1kgは9000kcalなので、体に貯蔵された脂肪のもつエネルギー量は数十万kcalあるということになる。また脂肪は、余分な物がないので、同じ重量では糖の倍以上のエネルギーを取り出すことができる。
しかし余分な物が無いということは、逆に、使う際に手間がかかるということである。脂肪からエネルギーを得るには、「まず脂肪が脂肪酸になり、その脂肪酸がミトコンドリアに入ってベータ酸化という過程を経て酸化される」というように、糖に比較して利用するのに手間がかかる。
さらに脂肪の特徴として水に溶けないということがある。体内のいろいろな反応は水を中心とする溶液の中で行われているが、水に溶けない脂肪を利用するのは水に溶ける糖のようには簡単にいかない。
そこで、リポタンパクといった物質が、脂肪の運搬や蓄積の際に出てきて活躍する。このように運ぶのにも、また利用するにも、脂肪は糖に比べると簡単ではなく手間がかかる。そのために、運動強度が高くなってくると、手間がかかる脂肪は使えないことになる。
4) 運動強度
糖は脂肪に比べると貯蔵量は少ないが、脳が糖しかエネルギー源として利用できないように、安静時でも常に利用されているし、運動時にも利用しやすい。脂肪は多く体内に貯蔵されていて、安静時から多く使われているが、手間がかかるのであまり高い運動強度では使えない。
そして、高い運動強度では、糖からのエネルギー供給が中心となる。糖は高い運動強度でも使えるエネルギー源だが、量は多くない。脂肪は高い運動強度では使えないが、量はたくさんある。このように運動強度によって体内での糖と脂肪の利用比率が変わってくる。
また、糖を多く使う運動は長い時間は続けられない。走る時には大まかにいうと、体重1kg、距離1kmあたり1kcalのエネルギーを消費する。私たちはエネルギーを生み出すのに糖だけでなく、多くの場合、必ず脂肪の力を利用しなくてはならない。どちらをどのくらい利用するか、その配分が競技結果の決め手となることもある。
5) 糖と脂肪を考えることが、乳酸を考えること
乳酸というのは糖が分解する過程でできるので、糖がどのようにどれだけ分解されるか、乳酸がどれだけ作られ、エネルギー源としてどれだけ使われるか、ということは密接に関連している。
脂肪が利用される過程では乳酸はできない。糖が利用される過程においてできる物の1つが乳酸である。糖が多く分解されている状況で乳酸は多く作られ、また使われている。一方脂肪が多く使われている状況では、糖の利用が相対的に減っているので、乳酸もあまり作られたり使われたりしない。つまり、脂肪の利用を考えることは、結果的に糖の利用状況を考えることであり、それが乳酸を考えるときにも重要になる。
エネルギー産生機構について
- ATP、CP系:乳酸が関与しないエネルギー産生である。もともと筋肉の中にある微量のATPを使ってエネルギーを産生するか、またクレアチンリン酸(CP)を分解することによってATPを再合成する。
- 解糖系:糖を乳酸に分解する過程でATPを産生する。
- 酸化系:ミトコンドリアで、糖や脂肪を酸素を使って完全に水と二酸化炭素に分解する時にATPを離す。解糖系よりも同じ糖から16~18倍のATPを作ることができる。
- 用語としての統一のために、どれにも「系」を付けて呼ぶことが多いが、これらの中で、運動生理学の教科書でいわれることは、「クレアチンリン酸は運動してすぐ働くエネルギー源だが、7秒程度の運動で無くなるくらいの量しかなく、解糖系での乳酸産生によるエネルギー産生は35~40秒程度で・・・・」といった説明である。
- このような説明から、「7秒までの運動はクレアチンリン酸のみで、40秒までの運動が乳酸で、それ以降に酸化のエネルギー」というように理解をしていることが多いと思われる。
- しかしこれは違う。エネルギー産生の中で一番重要なのは酸化系の働きである。生きている限り、酸化系は働き続ける。
- 確かに運動初期には酸化の働きが高まるのに時間的な遅れがある。しかし、酸化系によるATP産生は、乳酸の生成をともなう解糖系でのATPの産生量よりも16~18倍も多い。
- 酸化系の働きをどれだけ高めるかということが、1分程度の運動でも重要である。
- 乳酸の産生量は、グリコーゲンの分解が高まることで増加する。そして、筋グリコーゲンの分解は運動を開始して1~2秒で高まる。つまり数秒の運動でも乳酸が作られるのである。
- またクレアチンリン酸からのエネルギー供給も7秒で終わるのではない。運動開始時に多く使われるとしても、数十秒間は続く。
- このようにエネルギー供給機構が3つあると考えることはよいが、「短距離ダッシュ」をしている最中でもこれら供給機構のどれもが働いているのである。