年が明けてからもう2月もそこまできました。バタバタの毎日というより、学校に尋ねてきていただける方が増え、話をしている間に一日が終わる感じになっています。いろいろな御話を聞くことができると共に、私の学校づくりについても御理解・協力していただけるので本当にありがたいことだと思っております。来月からは自分自身の行動も加速していきたいと考えています。
さて、今回のニュースレターは昨年の暮れに買った本から指導者にとって必要な心構えたることを見つけることができましたので紹介したいと思います。
本のタイトルは「ナンバの身体論-身体が喜ぶ動きを探求する-」で、著者は矢野龍彦、金田伸夫ほか(光文社新書2004)になっています。六章立てになっていますが、五章まではこれまで書かれたものとほとんど内容も変わらないのですが、六章に、「桐朋バスケットボール部の取り組み」ということが書かれています。
これは桐朋高校バスケットボール部監督の金田氏がナンバの動きを取り入れたいきさつと、その後の経過についてかかれたものです。この章の中に、指導者として頭の柔軟性が求められることの示唆があります。自分自身に置き換えてみるとよく理解できると思います。ポイントの箇所をピックアップしてみました。
『「試合中ずっと相手を追い回すプレスディフェンスをしたい」 ある日、生徒が言ってきました。バスケットボールでは、シュートが入らずに相手ボールになった場合、速やかに撤収して息を整えるのが一般的です。しかし、桐朋の生徒は、自分たちの打ったシュートがはずれて落ちても相手を追い回したいというのです。
このディフェンスは、限りなく体力を要求されるので、導入できるチームがほとんどないくらい難しい(以前ケンタッキー大学が10人以上の選手でやっていました)、夢のディフェンスなのです。それを、常に体力的な不安を抱えていた桐朋の生徒たちがやろうというのです。
個人的には、これを導入すると弱くなる可能性が80パーセント以上あり、危険だなと思いました。しかし、やる前からだめだと拒否することは、私たちのチーム運営に反することでした。当時のチームは、「何かしてみたい」ということは、まずやってみよう(もちろんやる前に必要かどうかの検討は慎重にします)。もし駄目だったら、いったん中断して続けるかどうか検討すればいいじゃないかということを大事にしていました。
最大の難関は、プレスディフェンスのマニュアルと練習時間がないことでした。通常、自分たちの打ったシュートが入れば、相手はエンドラインの外に出てスローインを行なうので、選手は所定のポジションにつくことができます。ところが自分たちの打ったシュートが落ちてもプレスに行くとなると、ボールと選手の所在がいつも異なります。
自分たちの打ったシュートが落ちれば、相手はすぐに攻めてきますから、無理に守りに行くとカウンターを食らいます。
ですから局面局面で相手の様子を見たり、自チームの状況を判断したりすることが必要で、マニュアル化しようがないのです。もし本当にやるというのなら、コンビネーションを組むために膨大な練習時間が必要なはずです。しかし一方で「練習時間80分」が軌道に乗っていましたので、これも壊したくありません。
そこで出した案が「ディフェンスは自分たちで作れ」。オフェンスは今まで通り私が見るが、ディフェンスは生徒自らが考えるという役割分担を行なったのです。そして、練習は今まで通り80分で行ない、その中ではディフェンス練習の時間を特別にとらないということで話はまとまりました。
生徒たちは11月下旬から、岩永・両角両名をチーフとして、1試合中相手を追い回すプレスディフェンスの完成を目指して作業を始めました。朝、昼、練習後と精力的に取り組み、徐々に形になっていきました。やはり難しいのは、自分たちが打ったシュートが落ちた後に、どういう形で相手にプレスに行くかという問題のようでした。
彼らの取り組みを見て、自分たちの意志で考え、工夫し、悩み、喜んでいる生徒たちの姿は輝いているということを感じました。勝ち負けを考えるより、あるものを仕上げることの方が大事だと教わっているようでした。
不思議なもので、この取り組みを始めてから、近県の上位クラスのチームと試合をしても負けることがなくなりました。あるものを作り上げることに集中して勝ち負けにあまりこだわらなくなった結果、自然と勝ちがついてきたという感じでしょうか。そして、ナンバ走りがチームの中で機能しだしました。』
『ナンバ走りなどの古武術的な技術に自信を深めた私たちは、次のステップに入ることにしました。中学1年生から、古武術を使ったバスケットボールの英才教育をすれば、彼らが高校3年生になった時に、全国制覇できるまでの力がつくかもしれないと思ったのです。
例えば、シュートを教える時に、普通はまずゴール下からのシュートを教え、段々その距離を伸ばしていくのですが、当時の私たちは、前述の「ロングスリー」をまず教え、そこから段々距離を縮めていくという方法をとりました。
その他、前述の「超ロングレイアップシュート」、3拍子のリズムのパスを1拍子で行なう「1拍子パス」などを積極的に教えたのです。
ところがこれが大失敗でした。私たちの学校は超進学校ですから、バスケットボールをしたいからといっておいそれとは入れません。ほとんどの生徒は、塾に通い詰めて入学してきます。運動能力や体力が発達する時期に塾で勉強しているのですから、それらの能力は他の学校の生徒より务るわけです。
そもそもバスケットボールで自分の人生を切りひらいていこうとする者など皆無ですから、それほど意欲があるわけでもありません。また、ナンバ走りなどの技術は、その動きを自分で深く考えてマスターしていかなければなりません。しかし、当時はまだマニュアルもありませんでした。
マニュアルもない、意欲もそれほどない状態で考えろといわれても、考えられるはずがありません。そのため、ほとんどの生徒がまったく上達しなくなりました。
最初のうちは、今までやってきた普通のバスケットボールの貯金で、少しは勝つことができましたが、そのうちまったく勝てなくなってしまいました。当然といえば当然です。簡単に覚えられる技術を捨ててしまったのですから、バスケットボールの試合で相手に通じるものがなくなってしまったのです。
笑い話のようですが、センターライン近辺で打つ超ロングシュートと、ゴール下で打つ誰でも入るようなシュートの成功率が同じくらい(30パーセント)までになってしまうということもありました。』
『そうなると、最初は古武術的なバスケットボールに興味を示していた生徒たちも、徐々にその興味が失せていきます。そこで、何故こうなってしまったのかを少し整理してみました。
古武術のバスケットボールヘの応用に成功した選手たちは、高校2年生までは、普通のバスケットボールをしていました。しかし、普通のバスケットボールをいくら深めていっても、トップクラスのチームには追いつかないことは認識していました。トップクラスのチームに普通のバスケットボールで挑んでは跳ね返されていたからです。
そのため、生徒たちの中には、何かがあと少しあればこの壁は破れるのに、という強い気持ちが充満していました。そこに、古武術という可能性があるものが入ってきたので、生徒たちは飛びついたわけです。しかし、その生徒たち以降は、あと少しでその壁が破れるというところまでもいっていませんでした。また、その壁を破りたいという気持ちも希薄でした。
古武術には「ふんばらない」「頑張らない」という動きの要素があります。そのため、頑張れない生徒がさらに頑張れなくなった面もあったと思います。しかし、動き方を考えさせることで、頭をよく使うようになったメリットはありました。受験成績が驚異的な向上を見せたのです。
古武術的なバスケットボールの英才教育をしたことで、数人の生徒は、今までの常識では考えられないほど成長していきました。しかし、バスケットボールは個人競技ではありません。数人ができるようになっただけでは、チーム力は上がりません。』
『古武術的なバスケットボールをどう運用していくかが、2004年6月現在の課題になっています。いま現在、普段の練習では古武術的バスケットボールの指導を行なっていません。1時間20分の練習時間で古武術の動きの練習をすると、それだけで終わってしまうからです。
また、全員が古武術の動きに興味を持つわけではないし、全員に導入することもできないので、古武術の練習だけではチームが弱くなってしまうのです。
しかし、私たちから古武術的バスケットボールを取ってしまえば、トップクラスに追いつけないので、手放すこともできません。このような状態の中、私たちは、練習時間がたくさん確保できる土曜日や休日にまとめて練習しています。十分とはいえませんが、普通のバスケットボールと、古武術的バスケットボールの折り合いをつけながら運用していくのがベストだと考えています。
簡単に言えば、今まで通りのバスケットボールの練習時間さえ確保しておけば、弱くなることはありません。古武術的バスケットボールは、自分の身体を見つめて練習しますので、やろうと思えば家でも空いているところでもできるのです。
このような運用をした結果、桐朋バスケットボール部は以前のような勢いを取り戻しつつあります。まず最初に立ち直ったのは中学生で、あと一歩で関東大会に出場できるところまでいきました。高校生も東京都の上位に顔を出せるようになりました。
古武術の導入をめぐって、私たちは天国と地獄を味わってきました。それは、チームの中で古武術をどのように位置づけるかに苦労したのです。振り返ってみれば簡単なことでした。
今まで通りの練習をして、その上に興味のある者に古武術を教えれば、その者たちは空いている時間に、古武術の動きを研究するようになります。普通のバスケットボールの時間さえ確保していれば、古武術が導入できなくても、チーム力が下がることはありません。
しかし、チームの練習時間を古武術にあてた場合、もし古武術が導入できなければ、チームは弱くなってしまいます。そうなると、古武術を導入しようという気は薄れてしまいます。
古武術の導入を決心してから、試行錯誤の連続でした。これからもそれは続くのでしょうが、いつの日か古武術の英才教育が再開できることを夢見て、更なる精進を続けていきたいと思います。』
新しいものに取り組み、それを完成する過程と、それが完成した後の崩れていく過程をよく現しています。これこそが弁証法の考え方であり、ピリオダイゼーションなのです。一度出来上がったものは、それを一旦壊さなければ次のレベルへと進めることはできないのです。
直線的にチーム力が向上しつづけることはないということです。競技成績・パフォーマンスは波状に向上するということです。このような基本的な考え方を理解していないと、1つの山の頂上に立った後、もう1つとなりの高い山に登ることができなくなってしまいます。
登ったり下ったり、緩やかに登ったり急に登ったり、少し下ったり長く下ったりする道程があって最終目標の頂上にたどり着くことができるということを忘れてはいけません。登りばかり続けばいやになり、肉体的にも精神的にも疲れ果て、途中で登ることを止めてしまうということです。
指導者は、頭を柔軟にし、一度頂上に上り詰めたら、そのレベルを維持しよう、そのままさらに向上させようとするのではなく、一息つく余裕が必要ではないでしょうか。六章は興味深いことが書かれていますので、一度読んでみてください。