2006年 10月 の投稿一覧

ロルフィング|ニュースレターNO.154

先日の22日、平成スポーツトレーナー専門学校の第1回目の入試がありました。早めの入試ですが、ほぼ全員が学校説明会で私の話を聞いてくれた人たちです。また、私の知人からの紹介の人たちがほとんどです。明るくてやる気に満ちた人たちで来年も楽しみです。

現役の学生たちは、後期の授業から火曜日と木曜日の5時間目に、私の特別講習を入れたので大いに勉強意欲を駆り立てているようです。自主参加ですが、参加している学生たちは、自分の技量を上げるために真剣です。4時半から5時半の1時間ですが、その後7時ごろまで特別講習の復習をしています。頼もしい限りです。

時間割の講義だけでは、十分ではありません。時間割以外の時間にいかに多くのコトを吸収できるかが課題です。

平成スポーツトレーナー専門学校では、授業の7割以上が実践の授業になっています。その内容も他の専門学校や当然大学などでは習得できないテクニックを教えていますので、学生たちはその技術の習得に必死になっています。2年間の中で、どれだけ技術を習得できるか、そのことが将来の糧になるのは当然です。

学生たちは、授業開始前の早朝の勉強会、授業終了後の夜の勉強会、そして、特別講習と現場での実戦経験と遊ぶひまはありません。現場の経験では、全てが任されます。

他の学校のように誰かについて補助的にやるようなことはありません。平成スポーツトレーナー専門学校の学生ということで、信頼があるために現場が任されるのです。だから、2年で本物のスポーツトレーナーを目指すことができるのです。本物を求める人たちがおられたら、ぜひお越しください。

さて、今回はロルフィングについて紹介したいと思います。ロルフィングは、全身の緊張を緩め、体のバランスをとる手技ですが、比較的簡単に行なうことができます。手技は簡単なのですが、手掌の感覚を高めないと大きな成果も得られません。そんな手技とともに、人間の体の不思議さに触れてほしいと思います。

「月刊秘伝」2005年7月号の中で、ロルファーの藤本氏と能役者でロルファーである安田氏との対談が掲載されていました。その一部をご紹介します。この対談を読むだけで、身体を緩めるためのヒントが得られます。私もヒントを得て、テクニックのバリエーションを増やすことができました。

ロルフィングは、筋膜リリースですので、テクニックを習得したい方は、スペシャル講座のリコンディショニングⅠを受講されれば、筋膜リリース以外にも他では教われないテクニックを習得できると思います。

『- お二人はロルファーとして人の施術をなさる立場ですが、ご自身に対してなさったりしますか。

安田:首なんかはよくやりますよ。

藤本:私も結構自分でやりますね。

- 私はちょっと施術していただいた事があるだけなんですが、それでもその効果を実感すると、自分でもやってみたくなるんです。でも、ロルフィングで行われている手技は独特ですよね。いわゆるマッサージのように揉んだりするものでもないし。素人でも真似できるものなのでしょうか。

藤本:もちろん完璧には無理でしょうけど、手技の基本コンセプトを理解すれば、自己調整に応用できる部分はあると思います。ロルフィングの手技で行っているのはゆっくりとした持続的な“圧刺激”なのです。

- すると筋肉が弛むと。

藤本:正確には筋膜ですね。筋線維を覆う結合組織です。これの癒着をとるのがロルフィングの目的の一つです。適切な強度の持続的圧刺激を加えてやると、大きく二つの要因から筋膜は弛みます。一つは物理的要因で、降下したゲル状組織が圧刺激によって本来の流動性、液体的性質を取り戻す、というものです。

- なるほど。

藤本:私が今研究しているのがもう一つの方、神経的要因です。筋収縮というのは、α運動神経を介した命令系によって起こるんですが、それとは別にγ運動神経系というのがあるんです。

- 何だか難しくなってきましたね。

藤本:簡単に言えば、αは筋肉自体のコントロール、γは筋肉のセンサーの感度を調節する命令系統です。
- そのγ系を調整するのが、持続的“圧刺激”なんですね。

藤本:そうです。γ自体は運動神経で主に筋紡錘をセンサーとしているのですが、実は心拍や血圧を司っている自律神経系からも影響を受けているんです。ゆっくりとした圧刺激が自律神経系に影響を与え、中枢神経全体を弛めるようなはたらきが起こって、その結果、不要な筋肉緊張を解放することが可能になるんです。

- 弛めるためには神経の事まで考えなければならないのですね。
安田:基本的にそれを改善しなかったら、さんざんやってきたストレッチが無駄だった、という可能性もありますね。すごく無駄な事を一所懸命やっている可能性がある。

藤本:弛めたい箇所に直接個々にアプローチするばかりじゃないんです。重要なのは神経系自体を弛める事なんです。前屈してハムストリングを伸ばそうとした時に、ある程度までいったらピーンと張ってしまってそれ以上伸ばそうとしても、逆効果だったりする事ってありますよね。それは伸張反射っていう神経系の反射が起こるからなんです。その反射を抑制するにはどうすればよいかが問題なのですが、例えば次のような方法が有効です。

ゆっくりと前屈をして筋肉が張りそうになったところで、指をゆっくり動かすんです。

そうすると、「ゆっくり動かす」という情報が脳にいく事によって、神経系全体が弛んで、結果としてハムストリングも弛むんです。

- 指を動かしてハムストリングが弛むとは面白いですね。

藤本:過剰な伸張反射を抑制するには神経系全体を弛めるという方法が効果的です。神経系全体へ働きかけるので、弛めようとしている部位(この場合は、ハムストリングス)そのものを動かす必要はないんです。むしろ既に硬縮しつつある部位を動かそうとすると、かえって緊張が高まって逆効果だったりするんです。

- だから“指”なんですか。普通は固まっている所を揉んだり叩いたりしてしまいますが。開脚で内腿の筋肉を弛めたい時に、こぶしでトントンと叩いたりしますが、あれは逆効果なんですか?

藤本:普段意識されにくい内転筋を活性化させるという意味であれば、あれで効果があると思います。ただ神経系全体を弛めるには、例えば足首を軽く握って“圧刺激”を加えるというような方法が効果的だと思います。足首を握るのが難しければもう片方の腕を握るというやり方でもいいかもしれません。

- しかし「γ運動神経系を弛める」といってもなかなか実感しにくいですね。“圧刺激”の作用プロセスもイメージするのが難しいですし。ただ触ればいいというものではないのでしょう。

藤本:ロルフィングではそういう触り方を「ガンマ・タッチ」って言ったりするんですよ。勿論、厳密には「γ運動神経系」に限定して働きかけるなんてことはできないんですが、大意としてはそういったγ神経系に作用させるような触り方ですね。ガンマ・タッチならば相手が弛みます。

それは、筋肉自体にはたらきかけるのでなく、センシティビティを引き出すような触り方なんです。どう触ればそれができるかというとなかなか難しいんですけど、いくつかコツをあげると、他人を触っていると同時に感覚としては「触られている」感じを持つという事、あるいは相手の行きたい方向を探るとか、相手を感じるっていう事ですね。あと、「相手のコア(核・芯)を感じる」という事が、相手のセンサーを引き出す意味では重要ですね。

安田:なんだか逆のようで面白いですよね。触っているようで触られている、っていうのはちょっと聞くとsuperficial(表面的)ですけど、それでいてかつ“コア”ですからね。

藤本:それが実は一致してるんですよね。どちらから入っても別にいいと思うんですけど、でも本当に相手のコアに行こうとすると、自分が相手に触られていないといけないんです。ちょっと観念的になってきましたね(笑)。どちらかに偏ってしまいがちなんですよ。自分が受け身的になってしまうか、あるいは相手に入り込んでしまうか。

相手を感じつつ表面でなくコアに届こうとするタッチをする事によって、ちょうどいい所に、両方が同時に達成される所があるんです、それがガンマ・タッチなんです。

- ちょっと合気系武術にも通じるような・・・。

藤本:そうかもしれませんね。力業でもないのに抵抗できず投げられてしまうのはそういう要素なのかもしれません。』

『- それにしても人体トータルとしての神経系を弛める事で各部が弛むとは知りませんでした。問題はハムストリングとか内転筋といった個々の箇所だけにある訳じゃないんですね。

藤本:前屈をした時、腿裏が張る人もいれば、ふくらはぎが張る人、腰の裏が張る人、と実はさまざまなんです。これは単に「元々固い筋肉が張っている」という訳ではなく、コーディネーション(身体の繋がり)が欠落しているから、動作をした時にある特定部位への負担が過大になって起こる事なんです。

足裏~ふくらはぎ~腿裏~胴体までの筋肉が繋がったかたちで機能していれば全体の筋緊張のバランスがとれるんですけど、バラバラであればすぐに部分的な所でブロック(限界)がきてしまうんです。

安田:ロルフィングでは最後に「繋げる」セッションを行いますよね。

藤本:そうですね。たとえばよく知られているエクササイズで、足の裏でボールを転がしてやるものがあるんですが、これをやるだけで前屈がより曲がるようになります。これはコーディネーションが形成されるからなんです。

- なぜ、そのエクササイズで繋がるんですか?

藤本:普段埋没して固くなってしまっている足底部の筋肉が弛み、弛みすぎていたものは逆に収縮し、足のアーチの構造が適正化されて、その結果、立位姿勢が変わる。偏りがなく無理のない身体状態になって、筋組織も自由な状態になる。これが一つの説明ですね。あるいは足底部にある身体重心センサーが活性化し立位姿勢が安定化した結果だと考えることもできます。

ただしそれらは一過性のものです。恒常的にコーディネートされた状態を保つためにさらに別の神経系の解釈が必要になってきます。実はこのエクササイズでは“意識”が重要なんです。最初は足の裏でボールをコントロールする感覚で、次に足首、脛、大腿部、骨盤、腹、と意識を順に持ち上げながら行う事によって神経系に学習させる事ができる。それによって、本当の意味で、身体は繋がってくるんです。

- 武術でもスポーツでも、身体を連動させる事の重要性が叫ばれて久しいですが、藤本先生がご経験されているクラシック・バレエの世界でも“繋げる事”は非常に重視されていますよね。

藤本:そうなんです。そういう意味では、ダンスでも武術でも目指している所は結局同じような気がしますね。身体の中、全部を繋げるっていう事をバレエはやっているんですけど、それを“バー・レッスン”っていうすごく地味な動きの中でひたすらやる。システム化されているんで、武術のようにいきなり蹴り等の動きの中でそれをつかもうとするよりも、やりやすいのかもしれません。

- バー・レッスン?

藤本:ええ。クラシック・バレエでは、どんなプロダンサーでもレッスンの前半にバーを持って足を曲げるとか、シンプルで地味な運動をひたすら行います。それで、身体全体を繋ぐっていう事をしてるんですね。コーディネーションができると関節は自由になるんです。バー・レッスンを終えるとストレッチがやりやすくなっているのでそれを実感できます。

前屈の動きでいうと、ふくらはぎとハムストリングが別々に働いていると踏ん張らなければならないけど、背中まで全部が繋がっていれば、楽に身体を支えられるんで、弛緩できるんです。繋がるっていう事が自由になる事の第一歩なんです。

- バーを持つのはなぜですか。

藤本:一見それによって体重を支えているように見えますけど、実は“しつかりと触れている”ような感じです。体重はかけていません。“何かに触れる”事、それ自体が姿勢安定に繋がるんです。

- なぜ触れるだけで姿勢が安定するんですか。

藤本:一つは触覚刺激による情報が空間認識を明確化させてバランスをとりやすくするというのがその理由。もう一つは、触覚刺激が中枢神経を介して筋紡錘の感度調整機能を活性化させる、という事です。たとえば揺れる電車の中で吊革や扉に軽く触れているだけで姿勢が安定するというのは皆さん実感されてると思うんです。あれは別に体重を支えているわけではないですよね。

- 触るだけでいいんですか。

藤本:そうなんです。そして、姿勢が安定すれば、不必要な筋緊張はなくなります。ですから、別にバーでなくてもいいんです。壁に触りながら前屈をすると、触らない時に比べて深く曲げられますよ。』

新しい筋力トレーニングの考え方|ニュースレターNO.153

5月に心臓の手術をして4ヶ月が過ぎました。退院時に51kgほどしかなかった体重も、現在では60kgを行ったりきたりしています。また、体脂肪率も20%前後をキープしています。退院してから、ホネホネの身体を再生すべく、身体づくり、体力づくりに精を出すのですが、胸の骨を縱に切り開いたので、完全骨折状態で、重いものを持ったり、腕を伸ばしたりすることができませんでした。

上半身は、7.5kgのダンベルを両手に持って動かせる範囲でいろんな方向に動かす程度のことをやっていました。そして、下半身の強化は、自宅でのスクワット系のエクササイズをしていました。そのおかけで、8月の終わりごろには、少しは見れるような身体つきになりました。

それが9月の最初にモスクワにマトヴェーエフ氏の墓参りから帰ってから、ダンベルを使うのをやめました。ふと閃いたのです。これまでは、軽いダンベルや自体重をつかって、スローに腕を動かしたりスクワットをやっていましたが、両手の指を合わせて押し合いながら腕に曲げ伸ばしをしてみたら、上腕の筋肉が膨らみました。

アイソメをしながら、コンセントリックとエクセントリックをするのです。動きを止めないでスローに繰り返すことで、3つのタイプの収縮が同時に行われるのです。これをスクワットに応用し、股関節の軽い屈曲伸展をゆっくり繰り返すだけで、下肢の筋肉も直ぐに膨らみました。

非常に面白い現象だったので、直ぐに平成スポーツトレーナー専門学校の教員にも教えました。器具を使わないでも筋肣大が得られたのです。このエクササイズをやりだしてからは、驚くほど肉体が変身しました。

ところが、二度目の驚きが直ぐにやってきました。9月の終わりに、Sportsmedicine 2006 No.84が送られてきました。その中に『低負荷・無負荷での筋力トレーニング-「意識」がもたらす効果について』丹羽滋郎(愛知医科大学名誉教授)、高柳富士丸(愛知医科大学医学部運動療育センター)氏との対談記事が掲載されていました。その記事を読むと、正に私がやり始めたトレーニング方法の解説でした。

そこで、今回はその記事の一部を紹介します。そして、この記事に続いて書かれている、石井直方氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)の『低負荷でのゆっくりとした筋力トレーニングの効果と意味』の記事も続けて読まれると、より参考になると思います。そして、トレーニングの引き出しを一つ増やすことができるはずです。

『丹羽:さらに高柳先生は、こういう結果が出てくるのなら、重さや負荷の問題ではなく、意識してスピードをコントロールして運動すればよい結果が出てくるのではないかと考えられた。

-無負荷でもよい。

高柳:そうです。重量物としての負荷はなくても、その負荷は拮抗筋が与えている。手に重量物を持たなくても負荷は拮抗筋が与えてくれる。通常、アイソメトリックのトレーニングの代表的な動作として、胸の前で両方の掌を合わせて互いに押し合うというものがあります。写真1aのように、両方から押して止めてやります。

このときの負荷は互いに反対側で止めている力だけです。そうなると腕でみると同じ筋(屈筋群)を使っているわけで、拮抗する筋(伸筋群)はほとんど使っていないのです。ところが、この運動動作を片方の腕だけで、胸の中央で引きも押しもせずに行うと、腕の伸筋群と屈筋の両方の筋群に力が入ります。

筋肉が痛いくらいに力が入っているわけです。入っていますけれども、実際には目の前では全然動いていない。さらには、その位置から右や左に動かしていくこともできます。実際にベンチプレス動作の!00kgなら、100kgの力を入れたままで、左右水平方向への動きができるのです。

-太極拳みたいですね。

高柳:そうなんです。太極拳の動きと似ている。そうやって考えていくと、よく行われている古武道などでは、動きは非常にゆっくりでそう大きなものではありませんが、手や足を触れてみると、筋が緊張しているというか活動しているのがわかります。

重量物の負荷を使わないので、器具がいらないのですが、動きながらですからアイソメトリックではないのです。また、太極拳そのものが、長い歴史を有するからだの動きで、呼吸を止めずにゆっくりとした動きで、なおかつ、筋は緊張している。逆に言えば、太極拳をこういう視点で分析すると、その動きの仕組みがある程度わかるかもしれません。

丹羽:太極拳を中国で勉強してきた人がいて、指導にきてもらえるようお願いしています。その人に聞くと、太極拳では表面筋電図を用いた研究はあまりないようです。その先生のからだで太極拳の動作でどういうふうに拮抗筋が動いているかを調べさせてもらいたいと思っています。』

『丹羽:今の高柳先生が片手で胸の前で行った運動は、これは脳がやっているわけです。ですから私が「意識」というのはそういうことです。本人としては「無意識」でしょうが、実際には「意識」でコントロールされている。こういう「意識」をいかにトレーニングさせるか。高柳先生はアーチェリーをやっていますから、上肢を伸ばして、屈筋群と伸筋群を瞬間的に両方とも硬くすることは簡単にできます。

また、腕を伸ばし、弓を持ったようにして、手は空中で固定させたまま、肘を内旋・外旋させることもできます。手で動かない物を持って固定させるとやりやすいのですが、手を固定しないとなかなかできない(写真2)。高柳先生はアーチェリーをやるときにこういう動作をされているので、簡単にできるけれど、私は最初はできなかった。それで悔しくて一生懸命練習したらできるようになりました。

高柳:3次元的な動きですね。肩は内旋し、肘は外側に向け前腕を回外します。

丹羽:通常はとは異なる動きだから、動かし方のソフトが脳にない。だから、すぐにはできない。

高柳:1つは肘を返すという動作で、上腕に対しては前腕を回外する動きになります。しかし、手に弓を持っていますから、手を回外させると弓も一緒に捻じれてしまう。弓は垂直にして動かさず、手は空中で固定させたままで、前腕を外に返して、上腕は内に返すのを同時にやると、こういう動きができるということです。最初のうちは上腕を固定してから、前腕を外に返す。次に、前腕を外に返しながら上腕は内に返す。すると、肩は内旋して前腕が肘で外側に返る動きになります。

丹羽:初めはできなくても、何回も反復して練習していると、ある瞬間に、左右とも同時にできるようになるのです。

高柳:私はもともと右ききですが、弓は左で持ちます。右ではそういう動きはしないのですが、トレーニングしなくても右でも同じ動きができるようになる。これはよく言われる、右だけ鍛えると左の筋力もついてくるという相互性の支配が関係しています。

丹羽:このように、人間の動作は無意識でやっていることが多いけれど、実際には脳がコントロールしている。私は日常高柳先生の話をよく聞いていることもあって、運動現場では本当に真面目にやっているかどうか触って「ちゃんと硬くなるようにしなさいよ」と言ってやっているわけですが、意識して行えば、それより強い負荷でも同じくらい筋力は上がると考えた。

これはまったく直感なのです。なぜかと言うと、私は74歳なのですが、週2~3日散歩をしています。膝教室は歩き方を徹底的に教えているのですが、どういう歩き方を教えているのかというと、普通は何も意識していませんから、あまり下肢には力が入っていないで歩いています。そうではなく、後に残っているほうの膝を意識して伸ばすように指導しています。

このとき大腿四頭筋に力が入る。そういう指導で数年間やってきました。健康教室では高齢者に指導をするのですが、いろいろな運動で私に勝てる人は一人もいません。「先生、何か筋トレをやっているのでしょう」と言われるのですが、何もやっていません。ドクターでボクシングをやっている先生がいて、「先生はなぜそんなに筋肉があるのか?」と言われるのですが、ただ単に歩いているだけなのです。

昔はハンドボールをやっていましたが、ハンドボールをやめてから随分と時間が経っています。ただ散歩のときには意識して動かしているのです。常時ではなくて時々ですが、自分はどんな形で、どういう姿勢で歩いているとか、そういうことを意識して歩いてきた3年間くらいの結果として、本来なら落ちてくる筋肉が太くなった。

だから普通は座位で膝を伸ばしてしまうとなかなか大腿四頭筋に力が入りにくいのですが、私は簡単に力を入れることができます。だから、意識下で自由に筋肉を動かすことができるのではないかという言い方はおかしいかもしれませんが、日常意識して動かしていない普通の人は動いていても、十分コントロールができていないと考えられます。

-漫然と歩いている人とどこかで意識して歩いている人では、必ず差が出てくるということですね。

丹羽:そうです。だから、高柳先生がおっしゃったように、そういう指導法をすれば、ウェイトを使った運動でなくてもよいのではないかと考えられるわけです。もちろん動かし方をきちんと指導しなければいけませんが。われわれが行ったのはレッグエクステンションとレッグカールとレッグプレスの3つですが、図1のようにレッグプレスではきれいに出ないのです。要するにレッグプレスではさまざまな筋肉が働いていますから。

しかしレッグカールとレッグエクステンションの2つは単一の筋肉ですから、それぞれ使う筋を意識させたら、予想どおりの結果が出ました。一番きれいに出たのはレッグエクステンションでした。もちろんこの人たちに何か特別なことを教えたのではなくて、そのように動かすことだけを教えたわけです。

いずれにしろ臨床的なデータがかなりきっちりと出せて、痛みも改善され、歩行スピードも速くなったという結果が出てきました。

これはあくまでも私の意見ですが、こういうふうにまとめることができると思います。「私たちは地上で生活していますが、出生以来ほとんど重力を意識することなく生活しています。このため運動に際して筋が意識することなく動いています。重い物を持たなければ負荷が加わらないと思っています。

しかし宇宙から帰った野口聡一さんは階段を上がるときに自重を意識したと言っていると聞きました。このことを考えると人間は地上で生活するときに非常に効率的に動いており、60kgの体重をなんの意識もなく動かしています。常に自分の動きを意識することはそれだけ筋を働かせることになるのです。

健康寿命を考えると、ただ目的もなく歩くのではなく、筋を意識することで四肢体幹に安全に負荷をかけることができ、軽い負荷で十分目的は達成できると思います」。

これは自分の筋を再教育するという考え方です。そのエビデンスがたまたま出てきた。だから、軽い重りであってもいいわけですけれども、ただその軽いダンベルを持っても、使う筋肉を意識するかしないかで、筋力向上の度合いが違うということになります。そのメカニズムとして拮抗筋の働きがある。

この拮抗筋の話を聞いてから自分で気がついたのですが、動きすぎないようにブレーキがかかるということです。こういう現象はとくに下肢に関してわかりやすい。歩いていて後ろの膝を伸ばすとき、大腿四頭筋が働くけれど、拮抗筋のハムストリングスも働いて、ブレーキをかけている。こうしてスタビライズ(安定させる)されている。

臨床でもわかってきたのは腹筋です。腰が痛い人は多いのですが、座っても腰椎が反っている人が多い。どうすれば、それをやわらかく改善できるか。そこで、座ったままペルビックティルト(骨盤の前後傾運動)をさせる。すると背筋がゆるんできて、腰椎の前弯が改善されてくる。腹筋が働くようになると、背筋がゆるんでくる。

当たり前の話ですが、実際には、なかなか背筋がゆるめられない。たとえば立ったらたいていの人は背筋がカチカチになっています。背筋をゆるめてと言ってもなかなかできない。それが立ってペルビックティルトができるようになると、ゆるんでくる。

-腹筋が締まったときには背筋がゆるむ。

丹羽:そうです。しかし、ある時期は両方緊張している。だから筋電図ではわからないレベルかもしれませんが、ある緊張感をもってバランスをとりながら歩いたり、生活したりします。そういうものがすべてコントロールされている。

-脳で。

丹羽:そう。たとえば「いい姿勢をして」と言うと、腰椎を反らせてしまう人が多く、そうなると、バランスをとるため、首が前に屈曲します。そこから腕を引くようにすれば、肩甲骨が引っ張られ、胸が張り、頭の位置が起きてきてよくなります。こういうことも臨床的には行っていますが、本人がそうしようと意識していなくても、脳は姿勢をコントロールしていると言えるでしょう。