2010年 3月 の投稿一覧

太らない体のつくり方|ニュースレターNO.236

先週末、平成スポーツトレーナー専門学校最後の卒業式がありました。実に良い卒業式でした。学生たちと一緒に私の卒業式でもありました。大学を出てから組織に属してきましたが、それも終わりです。本当の旅立ちになります。3月もあと一週間、心身ともにリフレッシュして4月を迎えたいと思います。

各地での勉強会も順調に開催されています。やはり物事の本質を知ることが指導者にとっては何より大切なことです。本やDVDで読んだり見たり、また講演や講習会に参加するだけではなかなか本質を知るところまでいきません。学んだことを実践でそのまま使うのでは発展性もなくすぐに壁にぶつかってしまいます。

本質が分かれば、実戦では応用が利きます。その応用がさらに活用の範囲を広げることになります。そういうことから、4月からは積極的に勉強会を開催して本質を伝えていきたいと思います。レベルアップを図りたい方や自分の知識や実践力を確認したい方はぜひ一度勉強会に参加してみてください。少人数でしか得られない勉強会の価値がきっとわかっていただけると思います。

今回のニュースレターは、メタボリックシンドロームについてです。一時メタボ対策として社会現象的にもなりましたが、今はなぜかあまり言われなくなってしまいました。一つには、腹周りが何センチ以上の人は・・・・という腹周りの基準があやしくなってきたこともあるようです。

いずれにせよ、余分な脂肪は健康に生きるためには支障をきたすことは確かです。どのようにして痩せるのかではなく、どのようにしてシェイプアップするのかという考え方でなくてはいけません。それを示唆してくれる著書が石井直方著:一生太らない体のつくり方(エクスナレッジ2008)です。シェイプアップに興味のある方は基礎知識として知っておくべき事柄がたくさん書かれていますので、是非著書をお読みください。今回は、ポイントを抜粋して紹介したいと思います。

『メタボリックシンドロームの定義を押さえておきましょう。これは、2005年4月に、日本肥満学会、日本動脈硬化学会、日本糖尿病学会など、8団体によってつくられた診断基準です。

まず内臓脂肪型肥満であり、そのうえで、血圧、血糖、血中脂質の三項目のうち、二つ以上が規定の値を超えた場合を、メタボリックシンドロームといいます。

内臓脂肪型肥満とは、内臓脂肪断面積が100平方cm以上の状態です。正確にはMRIなどで検査しますが、その目安としては、ウエストまわりが男性の場合で85cm以上、女性の場合は90cm以上としています。測るときは、お腹を無理にひっこめたりせず、軽く息を吐いた状態でへそまわりを測ります。服のウエストサイズとは違いますので注意しましょう。

ちなみに、脂肪には内臓脂肪と皮下脂肪があります。内臓脂肪は内臓の周囲につく脂肪、皮下脂肪は皮膚の下にある皮下組織という部分につく脂肪です。ウエストまわりが太いわりに、あまり皮膚をつまめないというのも内臓脂肪の特徴です。女性の場合は、太っていても皮下脂肪ということも多いようです。

また、とくに男性の場合、一見痩せているように見えても、実際には内臓脂肪がついているという人もいます。こういう人をいわゆる「隠れ肥満」といいます。気になる場合は、体組成計などで体脂肪を測定してみることをお薦めします。成人の男性で19%、女性で25%より値が大きいと肥満とされています。ただし、電気抵抗を用いる体組成計を利用しても、正確に体脂肪、とくに内臓脂肪を測定することは困難なため、目安としての利用ということになります。

メタボリックシンドロームの定義を説明しましたが、メタボリックシンドローム、イコール、即、生活習慣病というわけではありません。しかし、その予備軍(選択項目三つのうち、ひとつだけがあてはまる場合)も含め、緊急に現状を改善する必要があるのは確かです。』

『脂肪組織をつくる脂肪細胞は、脂肪の蓄積量が増えると、20種類以上の生理活性物質を分泌します。これらの物質は「アディポサイトカイン」と総称されますが、内臓脂肪は皮下脂肪にくらべ、その分泌活性が数倍も高いという特徴をもちます。

アディボサイトカインは、本来は体に有用な物質として働くのですが、その量が度を超すと、さまざまな「悪さ」をします。たとえば、アディポサイトカインのなかのTNF-αという物質は、動脈壁に炎症を引き起こし、動脈硬化になりやすくします。さらに、白血球に働いて、「レジスチン」という物質を分泌させますが、この物質は、脂肪、肝臓、骨格筋などに作用して、インスリンによる糖の取り込みをブロックします。

その結果、インスリンがやってきても、これらの組織がそれに抵抗して糖を取り込んでくれない、すなわち、血糖が下がりにくい「インスリン抵抗性」を生じ、糖尿病へと進みます。血糖が高くなると、血管のさまざまなたんぱく質が「糖化」し、動脈硬化も進みます。くわえて、PAI-1というアディポサイトカインは、血液凝固を促進し、血のかたまり(血栓)をできやすくします。

これが、内臓脂肪型肥満から糖尿病、動脈硬化、心筋梗塞へと至るシナリオの一部です。ということは、現在は予備軍ですらない人でも、加齢による代謝の減少を強く意識していただかないといけないということになります。なぜならば、年齢を重ねることで、誰でも代謝が落ちる、すなわち体に蓄えられた脂質や糖質をエネルギーとしてうまく使えなくなってくるからです。

つまり、何もしなければ、どんな人でもメタボリックシンドロームに近づいていってしまうということです。脅かすつもりはありませんが、事実なのです。

これが一番恐いことです。厚生労働省が2007年に発表した資料によれば、30歳から60歳代の男性、および60歳代の女性の三分の一が肥満に該当。さらに、40歳を過ぎた男性の場合、予備軍も含めれば、二人に一人がメタボリックシンドロームに該当します。

なお、現在、メタボリックシンドロームの診断基準については議論がなされていますので、今後、基準値が変更されることがあるかもしれません。男性でウエストまわり85cmというのは多くの人が該当してしまうこと、また臨床的に有用性がないのではないか、というのが基準値の変更を求める大きな理由となっているようです。』

『40歳を過ぎると目立って代謝が落ち、それにともなって脂肪の増加も際立つようになります。これは、筋肉量の減少によって起こります。筋肉量が落ちるため、それによって基礎代謝が落ち、徐々に体内にため込まれる脂肪が増えるのです。

基礎代謝は、筋肉量に正比例しています。誤解されている人が多いようですが、代謝、すなわち、人間が消費するエネルギーで、もっとも大きな割合を占めているのが基礎代謝です。その割合は、消費エネルギー全体の60%から75%におよびます。運動などの活動によって消費されるエネルギーは、20%から30%程度に過ぎません。

基礎代謝とは、生命を維持するために最低限必要なエネルギーのことです。つまり、何もしなくても、「普通に生きていれば消費するエネルギー」、あるいは、「生命を維持するために最低限必要なエネルギー」のことをいいます。

「痩せるためには、運動しましょう」と、よくいわれます。そのためか、エネルギーを消費するというと、ついつい運動によってエネルギーを消費することを思い浮かべてしまうかもしれません。しかし、実際には、私たちが毎日消費しているエネルギーのうちの、6割以上は基礎代謝が占めているのです。

個人差はありますが、最低でも6割は基礎代謝だと考えられます。もちろん、運動は運動で、とても重要です。しかし、もし消費エネルギーの量だけを考えるなら、せいぜい基礎代謝の半分くらい、という事実を知っておいていただかなければなりません。

そして、その基礎代謝の6割は、筋肉による熱生産のためのエネルギー消費にあてられます。基礎体謝が筋肉量に正比例するというのは、こういった理由からです。
残りは、肝臓や腎臓が2割と、褐色細胞と呼ぼれる脂肪組織が2割です。ちなみに、褐色脂肪とは、熱を発生する脂肪のことです。成人で40g程度とそれほど多くはないのですが、脇の下周辺に位置し、この褐色細胞は太りやすい、太りにくいという体質に非常に強く関連しています。

数字が重なりましたので、ここで一度整理しておきましょう。

エネルギー消費の6割が基礎代謝によるもので、その基礎代謝の6割が筋肉によるもの。すなわち、0.6×0.6=0.36。つまりエネルギー消費の36%が、筋肉によるものなのです。また、基礎代謝の6割は「最低で」ということですから、「エネルギー消費の約4割が筋肉によるもの」といっても、さしつかえないと思います。

40歳を過ぎると代謝にもっとも大きな比率を占める、筋肉の量が目立って減ってくるのですから、代謝量が落ちるのは当然のこと。そして、その結果、脂肪が増えるのも当然のことです。』

『筋肉と代謝の関連を考えるうえで、「安静時代謝」のことをお話ししておく必要があるでしょう。基礎代謝は正確に評価することが難しいため、一般的には、私たちがおこなう実験も含めて、安静時代謝の数字を使います。安静時代謝とは、普通に静かに座っているときの代謝のことです。

たとえば背筋をピンと伸ばしているかどうかなど、座りかたによりますが、少なくともどんな態勢でも、座っているという姿勢を維持するために活動している筋肉のエネルギー消費が上乗せになります。姿勢を維持するために活動している筋肉もあるのです。その筋肉の活動分などが、基礎代謝に上乗せされ、基礎代謝の20%増しくらいの数字になります。

この安静時代謝という見方からすると、筋肉が減少することによって、ますます代謝が落ちてくるということになります。姿勢を維持するだけでも筋肉を使っているのですから、筋肉量の減少はそのまま安静時代謝の減少となってあらわれます。

ただ座っているときなどは、とくにその姿勢を維持するために筋肉を使っている、などとは意識していないと思います。しかし、体の幹、すなわち僻轍、あるいは、体の中心〈コア〉といってもいいのですが、間違いなく筋肉〈マッスル〉を使っています。コアマッスル、つまり、体幹の筋肉を使っているのです。

基礎代謝だろうが、安静時代謝だろうが、細かいことはどうでもいいと思われるかもしれません。しかし、実は、安静時に姿勢を維持するために活動するコアマッスルを鍛えることが、脂肪を燃焼させるためには大切なのです。コアマッスルを鍛えることこそ、真のダイエット道の鍵を握っているといっても過言ではありません。』

『筋肉量が増えるまでには時聞がかかるからと、あるいは効果が実感できるまでが長いからと、つらい筋トレを最初から諦めてしまう人は少なくありません。しかし、もし、「筋トレ、即、代謝が上がる」としたらどうでしょう。筋トレを最初から諦める必要はないはずです。

即、代謝が上がるというのは、筋肉をよく動かすような運動をしたあと、つまり筋トレのあとは代謝の高い状態が続くという意味です。もちろん、即、筋肉量が増えるということではありません。そんなことはあり得ません。ただ、筋トレなどをおこなって筋肉をよく動かしたあとは、筋肉量に関係なく、一時的に代謝が高い状態になり、それがしばらく続くのです。

なぜこうしたことがおこるのかというと、筋トレによって筋肉に負荷がかかり、その負荷によるストレスを修復しようとする機能が体のなかで働くからです。

私の研究室の実験結果から確かめられている範囲では、少なくとも運動後6時間は、代謝のやや高い状態が続くことがわかっています。アメリカの研究グループからは48時間続くという報告もあります。だとすると、まる二日間、代謝の高い状態が続くということになります。

しかも、その代謝の高い状態の間に脂肪の使われ方が上がることもわかりました。普段なら糖と脂肪が使われる割合は五対五ですが、それが、四対六、あるいは三対七と脂肪が使われる率が明らかに高くなるのです。その状態で有酸素運動をすればどうなるでしょう。

代謝が上がり、しかも、脂肪がエネルギー源として使われる率が高い状態で有酸素運動をする。脂肪を消費する効率がよくなることは明らかでしょう。

中略

大切なのは、「順番」ということです。まず筋トレをし、代謝の高い状態、脂肪が使われやすい状態をつくり、そのうえで軽いジョギングやウォーキングなどの有酸素運動をすると効果的だということです。

筋トレと有酸素運動の順番を間違えてはいけません。順番を間違えると、脂肪の消費が上乗せになる、効果的な有酸素運動とはならないからです。さらに、もうひとつ大切な理由があるのです。

最近の研究の成果なのですが、筋肉に負荷をかける、つまり、筋肉トレーニングをすると、筋肉からさまざま物質が出てくる、分泌されるということがわかってきました。

筋肉はエネルギーの一番の消費者であるだけではなく、内分泌器官としても働いているのです。筋トレ後に分泌される物質は、おもしろいことに脂肪組織に働きかけ、その分解を促進するものもあることがわかってきました。たとえば筋肉をよく動かすと、交感神経が活性化し、副腎からアドレナリンが分泌され、脂肪の分解を促進し、代謝を高めます。筋トレ後に代謝が高くなる理由のひとつです。筋肉運動を先におこなうほうが効果的である理由はここにもあります。』

力の抜き方|ニュースレターNO.235

3月に入り、私の学校も後卒業式を残すのみとなりました。現在4月からの活動について調整中です。今のところは、H.S.S.R.プログラムス主宰での活動となりそうです。それに伴い、ホームページも尐しずつリニューアルしていく予定でおります。

これまで1900名を超える方に登録いただいておりますが、再登録の方やアドレス変更とアドレスが不十分な方もおられるのですが、十分整理できておりませんでした。それでこれまで登録していただいている方で登録内容が十分でない方々について整理しております。

まず住所がなかったり不十分である方、職業などの情報が全くない方について整理しております。4月8日のニュースレターが届かない場合は、これに該当した方ですのでもう一度登録してください。また心当たりのある方は早めに再登録してください。4月から登録方法も変わります。登録が完了すればその旨のメールを返送いたします。詳しくは4月以降のホームページをご覧いただければと思います。基本的に情報発信のホームページにしたいと思っております。

さて、今回のニュースレターでは、「力を抜く」とはどういうことなのか、ということについて考えてみたいと思います。力を抜けといわれても、どれくらい抜けばよいのか。

そして、本当に力を抜くことはできるのか、そんな疑問に答えていただいた論文がトレーニング・ジャーナル2009.12号に「トップアスリートでも難しい力の抜き方」(木塚朝博・筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授)掲載されていました。非常にわかりやすい解説であり、指導の現場において参考になると思います。興味のある方は、掲載記事をお読みください。ここでは、抜粋して紹介します。

『スポーツの指導において「力を抜け」とか「リラックスしろ」という言葉を選手が理解しづらいのは「力を抜けと言ったって抜いてしまったらやりたいことができなくなってしまう」と感じるからです。つまり、バッティングであれば、バットを振りにいく力は必要です。

必要な力と無駄な力というのを理解していない状態の選手に「力を抜け」と言っても、きっと選手は力を抜きすぎるか、理解できないことで逆に混乱してしまい動作そのものが崩れるか、いずれにしてもパフォーマンスは低下してしまいます。実際には「抜け」と言われたときに、どれくらい抜けばよいのかということが1つの大きな鍵になります。

もう1つの鍵は、力を抜く局面です。私は最近、選手の口元に着目しています。バッティングでバットにボールが当たった後、口から息を吐いているような状態を見ることがあります。まだ呼称はつけていないのですが、今のところこれを「ブレスアウト」と呼んでいます。バットを振った後にも力が入っていると、結果的にですが、スイングスピードは遅くなってしまいます。

また最初からブレスアウトをしていると、きっと力を入れられないでしょう。ですから、テイクバックからボールがバットに当たるまでは力を入れておいて、その後に無駄な力を入れないために「フーッ」と吐きながら振るのです。

ボールがバットに当たった後、いわゆるフォロースルーの局面で力が入っていてもよいと思うかもしれませんが、そこで力を入れないことで筋へのダメージを減らすことができますし、スピードを保ったまま振り抜くことでそれ以前のバットスピードを落とさないことができます。逆にフォロースルーで力を入れてしまったり止めようと思うと、それまでにスピードを落としてしまうのです。

これはテニス選手でも見られます。テニス選手の中にはラケットにボールが当たった後で大きな声を出す人もいますが、これもブレスアウトの例でしょう。フォロースルー時のスピードを落とさないことで、スイングのスピードを高めようとしているのだと考えられます。また100m走でもブレスアウトしている選手がいます。

加速局面から中間疾走では顔や首に力が入っているのですが、ゴール前になるとプレスアウトしているのです。ゴール前でのスピード低下を抑えるために、無駄なカを入れないようにしていると考えられます。筋トレもそうです。

筋トレで息を吐きながら力を出しなさいというのは、1つには血圧を上げないようにするためですが、もう1つには息を吐いたほうがスムーズに動けるという経験からきているのです。このように力を抜くのはその量と局面が重要なのです。』

『体育やスポーツの分野では、これまでの研究にしても指導の理念にしても、どうやって力を出すかということについて述べられてきた部分が圧倒的に多いと思います。それに比べると、どうやって力を抜くかだとか、どうやって力を入れずに済ませるかということのノウハウは非常に尐ないのです。また、それが高度な指導技術であるために力の抜き方について触れる機会のあるコーチも尐ないのかもしれません。あるいは、企業秘密のようになっているのかもしれまぜん。

また人間の能力としても、抜くほうが難しいということも力の抜き方が語られてこなかった1つの理由でしょう。たとえばフィードバックを与えながら、山の形のように徐々に力を入れて抜かせるというタスクを与えます。その形に沿って力を上昇させるときは比較的うまくいくのですが、抜くときにはどうしても階段状になってしまい、スムーズに抜けません。これは脳の制御も抜くときのほうが難しいから起こることです。

神経の発火頻度を見るとよくわかります。力を出し始めると、出力は低いけど疲労には強いタイプの筋線維につながる神経が発火します。それが徐々に大きな力は出るけど長続きはしないという筋線維につながる神経が発火するようになります。若い人では比較的スムーズにこの順番で力を出して逆の順番で抜いていけるのですが、高齢になると抜くときに順番通りに抜けなかったり、一気に抜いてしまったりして波形が乱れてしまいます。

人間の脳は力を抜くときにキャンセルの指令を出しているのですが、それをじわじわとは出せないのです。ある程度まとめてキャンセルの指令を出すために、どうしても階段状の抜き方になってしまいます。

これは車の運転で感じることができます。クラッチを抜くときに一気にガンと抜いてしまうことがあります。ゆるやかに半クラの状態に入らないわけです。また、ブレーキングのときのプレーキペダルの操作もそうです。酔いやすい運転をする人は「ビューン、ゴンッ」と止まります。

最初は緩やかにブレーキをかけていくのですが、最後のところでゆっくり抜けずにグッと踏み込んでからドンと離してしまい、フワーっと止まれないのです。アクセルワークでも同じことがいえます。高速道路を一定のスピードで走るのは結構難しいことです。出しすぎたスピードを落とそうとしてアクセルを弱めるとき、弱めすぎてしまうとガクンとスピードが落ちます。

これはまずいと思ってもう1度踏み込むとスピードは上がりますが、これを繰り返すとグゥイングゥインという不快な運転になってしまいます。

このように人間はもともと抜くことが不得意なのです。研究でもスポーツの指導でも、この分野にあまり手を出したがらない理由が分かります。しかし、スポーツの指導の中ではその不得意な部分にアドバイスしなければならないこともあるので大変です。』

『力を抜くということが難しくまたその機構も複雑であることがわかりました。では実際の運動ではどうなのかというと、必要最小限の力を入れて過剰な力を抜くということになります。では、何がどれくらい過剰なのかが気になります。

そこで、飛んできたサッカーボールを足の甲でコントロールするクッションコントロールについて実験をしました。筋電計で大腿直筋、内側広筋、前脛骨筋、腓腹筋内側頭の4カ所を測定し、同時に足関節の角度も測定しました。

まずはサッカー群と非サッカー群で比べてみました。非サッカー群とはいえ体育専門学群の学生に手伝ってもらいましたから、それなりにうまかったのですが、ボールが足に当たる瞬間に足首がわずかに動いてしまっていて固定できていませんでした。これは角度でいうと1゜以下程度の違いでした。足首を固定するといっても、そんなに大きな筋力は必要ありません。

尐し背屈させた状態で前脛骨筋の筋力を大きくして後ろに引っ張られないようにしながら、逆に背屈し過ぎないように腓腹筋もわずかに収縮して前後で同時収縮することによって足首を止めるのです。

サッカー群ではこれが一定でしたが、非サッカー群ではとくに腓腹筋のほうが大きく出てしまいました。この部分が無駄な力なのです。また、内側広筋と大腿直筋については軸足のほうを測定していたのですが、軸足の膝関節をロックしてしまうことで筋活動量が多いことがわかります。

視覚的にこの違いはわかりますが、では実際にはどれくらい違うのかというと、腓腹筋内側頭と内側広筋と大腿直筋の筋活動量を足して群間で比べたところ、約3~5%の違いでした。この3~5%の差異とクッションコントロールにおけるパフォーマンスの違いには相関があります。

さらにサッカー上位群と下位群とで比べてみました。そうしたところ、やはり腓腹筋内側頭と内側広筋と大腿直筋の筋活動量を足したものとパフォーマンスとに相関はありそうでした。しかしそれよりも驚くべきは、筋活動の差は1.5~3%程度だったのです。このわずかな差が無駄な力になって円滑な関節角度の制御を妨げており、適度な関節の固定ができないということにつながったのではないかと考えられます。

ではこの無駄な筋活動について、「この部分の力を抜いて下さい」と言っても、それは無理です。それを感じて抜くためには、スポーツ選手は莫大な時間を使って相当な練習の量をこなさなければなりまぜん。基礎的な練習を何度も何度も何度も繰り返さなければ、このようなわずかな狂いを修正することはできないのです。

また、これができたからといってレギュラーになれるわけではありません。力を抜く能力というのは、パフォーマンス向上に関わるたくさんある要素の中のたった1つにすぎないのです。』

『無駄な力を抜くということを考えるのは、本当に難しいことです。その一方で無駄な力を定量化できるようにはなりました。ではその先にどうすればよいかと聞かれれば、これまで言われてきたように「覚えるまで振れ」とか「疲れるまで泳げ」ということが大事なのです。地道にやるしかないということが科学から改めてわかってしまいました。

結局、経験値が正しいことを証明しただけとも言えます。もちろん、力を抜くべき局面や量というのは尐しわかりました。また力を抜くことは難しいということも改めてわかりました。

またこういった科学的データとは別に、いろいろな選手を観察したことによって形も見えてきました。たとえば指が上を向いているとか下を向いているとか、息を吐いているような口をしているとか、舌がどうだとかそういうことです。力が入っていたらこうはならないという形を探すことができました。これは定量化がしにくく、科学的論文にはなりにくいところです。

しかし、このような形というのはたくさんあります。ある世界的に有名なゴルファーはパッティング動作のときによく歯を見せて口を噛んでいます。それをよく見ると、下唇を噛んでいるのです。実際に噛んでみるとわかりますが、力を入れて噛むと痛いところです。ですからそれは力を入れないための方策だといえます。

また陸上競技やバスケットボールでも舌を出してプレーしている選手もいます。それを意識しているのかどうかは本人に聞いていないのでわかりまぜん。しかし、形としては存在しているのです。

剣道では面を打ちにいっているときに頭が後屈している写真をよく見ます。これは対称性緊張性頸反射と同じ姿勢です。確かに頸を後屈させると手は伸ばしやすいのです。しかしこれは反射を利用しているわけではありません。頸部に力を入れすぎずゆったりと構えている状態から、バッと身体が前に出ると重たい頭は遅れて動き、そのような姿勢になります。

早く打ち込んだときに、このような形になるということです。ですから、このような形だけを真似しても、それは本末転倒です。できていない人がこれを真似してもパフォーマンスは下がるでしょう。ひょっとしたら舌を噛んでしまうかもしれません。結果的にこのような形になるには、どうアプローチすればよいかを考えることが大切なのです。

バンクーバー冬季オリンピック|ニュースレターNO.234

バンクーバー冬季オリンピックも終盤に入りました。日本選手たちの活躍もあれば残念な結果もあり、また当然の結果も見られたようです。スピードスケート男子500mの長島、加藤選手の銀と銅は日本選手最初のメダルでしたが、優勝できていたと思うだけに残念です。

力みばかりが目立った滑りでとても最高のパフォーマンスの発揮といえなかったと思います。前回の冬季オリンピックの時にも書いたのですが、滑りでの動きが外国選手と日本選手は異なる気がします。よく見ると、日本選手は膝の動きで氷を押しているように見えるのですが、外国選手は膝を固定して股関節の動きで氷を押しているように見えます。

氷を押すタイミングと身体の重心に対する膝の位置が異なるように見えました。それが大腿四頭筋を使って滑ろうとするのか、股関節の伸筋である臀筋とハムストリングスを使って滑ろうとするのかの違いになると思います。距離が長くなればなるほど、疲れの出方と動きの違いが顕著に見られるように思いました。

また、短距離も長い距離も出だしはいいのですが、後半極端に失速してしまいます。500mにしてももっとペース配分(例えば100m単位で)について戦術を組み立ててはどうかと常々思っています。出だしの勝負というより、結局は平均ペースで最高タイムを出すことを考えたほうが前半の力みも尐なくなるのではないでしょうか。

この落ち込みを脚にきたといわれるように、大腿四頭筋を使っているために速く大腿四頭筋に乳酸がたまってしまって脚が動かせなくなるのではないでしょうか。トップスピードに速く乗せて、そのスピードを持続するという考え方が基本のようなのですが、そのトップスピードをどの程度にするのかが問題だと思います。100%のスピードに達してしまえばその後はスピードダウンしかないはずです。

実は、昨年急に出てきた女子の小平選手の滑りは、注目していました。これまでの日本選手に見られない股関節の伸展動作で滑っていたので、オリンピックでの活躍も楽しみにしていました。彼女は最初の500mでペース配分に失敗しましたが、その後の1000mと1500mはペース配分もうまくいき見事5位と健闘しました。

日本選手に共通してみられるのが、ゴールした後の疲労感です。あの疲労感は、全力を出し切った疲労感ではなく、無駄な力を使って緊張し続けた結果だと思います。ベストパフォーマンスでは、ほんの尐し余裕が見られるはずです。ベスト記録を出した時と、いい記録が出なかった時の疲労感を思い出せばわかるはずです。

100%の力を発揮するには100%の力を出そうとするのではなく、1-2%の余裕が必要だと思います。100%の力を出し続けることはできないはずです。そんな勘違いがよく見られます。それが頑張ろうとすることだと思います。頑張るということは、眼を見開いて周りに集中し、緊張を最大にするということのようですから、頑張ろうという意識はマイナスに働くということを忘れてはいけません。

スノーボード、ハーフパイプやモーグルなどで日本選手も健闘しましたが、技の面では互角かそれ以上の面も見られるのですが、最大の違いはスピードにあるように思われました。言い換えれば、恐怖感に対する度胸の違いのように思えました。一歩間違えれば死につながる競技の中で、いかにその恐怖に打ち勝って滑ったり、空中に飛び出せるかが勝負の分かれ目になるのだと思いました。

ある意味、普通の人間ではできない競技ですし、何かが変わった人間でないとできない競技だと思います。そのような競技をしているアスリートは尊敬するしか私にはできません。

男子フィギュアスケートで銅メダルを取った高橋選手は、ショートプログラムとフリーのいずれにおいても最高のパフォーマンスをしたと思います。フリーでジャンプのミスはあったものの、完全に持てる力を出し切った演技だと感じましたし、感動を与えてくれました。それが演技終了後のガッツポーズに現われていていました。

結果はともかく、最高のパフォーマンスを発揮した選手は彼一人だったように思います。夏季のオリンピックも同様ですが、オリンピック本番において日本選手の10%も自己ベストのパフォーマンスを発揮できていない現状をもっと見直すべきではないでしょうか。

現状のベストを尽くしたとよく言っていますが、それは当然のことでそれができなければやる気がないということでしょう。問題はなぜ本番で力が出せないかということです。どうもオリンピック本番を目指したピリオダイゼーションが考えられていないようにも思われます。どのようプロセスを踏んでオリンピック本番を迎えているのか知りたいものですね。

メダルや入賞という前にベストパフォーマンスができなければ何のためのオリンピックなのか、世界大会なのかということになるように思います。我が国の状況からすれば、単に参加することに意義があるのではなく、自己ベストを発揮してくることが最低限度の目的になるのではないでしょうか。その結果が、入賞やメダル獲得ということにつながると思います。

スキージャンプは、ラージヒルで葛西選手が1本目はだめでしたが、2本目のベストパフォーマンスを発揮し、8位入賞しました。トップレベルの選手たちとの差はやはり跳び出す動作の違いにある気がします。このことも前回の冬季オリンピックの時にも書いたことですが、立ち上がり方に違いを感じました。

立ち上がって跳び出すのですが、そのわずかなタイミングの違い(いわゆる踏切のタイミング)、跳び出す・跳び上がる角度の違い、そして立ち上がる動作の手順によって飛距離が大きく変わります。その中で立ち上がる動作の手順のわずかな違いが大きく影響しているように感じます。団体でメダルを期待されましたが、5位に終わりました。

選手はほぼベストのジャンプをしたのですが、それでもメダルから遠くはなされたという現実は、大いに見直さなければいけません。大会が終われば、また何が世界から遅れているのか連盟から発表されることでしょうが、4年前と同じ話になるような気がします。そうなると、結局何も分かっていないということであり、次のオリンピックも結果が見える気がします。

スピードスケートの清水宏康が朝日新聞に「日本はスポーツ後進国」という記事を書いていました。何が後進国なのかということですが、私は指導方法なりトレーニング方法が後進国なのだと思います。ジャンプ競技で外国のコーチを呼ぶのですが、日本の選手になかなか受け入れられないことが多いようにも聞きました。

日本選手の場合、スポーツ科学やすべての競技において道具やウエアは一流なのですから、それを最大限に活用できる技術と体力が必要なのですが、技術と体力のいずれが足りないのか真剣に検討すべきではないでしょうか。オリンピックごとに同じことが言われますが、体力ということにしても競技種目ごとに異なるわけですから、そのあたりのことも間違ってはいけません。

特に伝統的なトレーニングというものがあるなら、見直す必要があると思います。トレーニングの原則にもあるように、毎年同じことを、それも何年も続けていないか、それも気になるところです。ただ同じことを量を増やして体を追い込んでいるだけではどうしようもありませんね。

我が国と対照的にスケート競技で世界のトップに立ったといえる隣国の韓国は、注目に値します。そんな中、2月21日(日)毎日新聞朝刊に「朝鮮日報記者が韓国の強さ分析」というタイトルの記事が掲載されていました。その一部を紹介します。

『男子五千㍍銀の李承勲はもともとスピードスケートをしていたが、ショートトラック(ST)に転向した選手だ。STでは代表選手に漏れたため、ふたたびスピードスケートに挑戦した。厳しいSTの訓練で作った体力には自信があった。身長177㌢の李が体格の劣勢を挽回できたもう一つの要因は、STで学んだコーナリング技術だった。このため李はカーブで加速した。李はスピードスケートの練習スケジュールを消化しながら、個人的にSTの訓練も続けていた。

女子五百㍍で金を取った李相花は内ももの筋肉が発達している。李がスクワットで持ち上げたバーベルの記録は170㌔だ。

韓国代表は昨年の夏に体力作りの強度を最大値の90%にまで引き上げ、7月と9月にはカナダのカルガリーで訓練。その後、国際大会で実戦感覚を養い、開幕前の1月から再び体力強化に取り組んだ。また、大韓スケート連盟がバンクーバー五輪準備のために4年間で約9億3600万円の予算を使い、スピードスケートとショートトラック、フィギュアスケートを手厚く支援した点も大きい。』